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利他的行動と利己的動機


 昨日、2022年1月12日の朝日新聞の「耕論」に「利己」が動かす世界という特集があった。
 介護福祉士でモデルの経験もある上条百里奈さん、行動経済学者で、TVや新聞でも活躍している大竹文雄さん、比較行動学、自然人類学者の小田亮さんの3人の意見がそれぞれの立場から述べている特集で面白かった。
 この3人のインタビュー記事を読んで私の頭に浮かんできたのは、人間の利他的行動には、利己的な動機が潜んでいることがあるということだった。また、その反対の場合もあり得るだろうということも頭に浮かんだ。
 そしてより大事なことは、人間の行動は簡単に利己的と利他的とは明確に分けられない面が多々あるということである。
 例えば大竹さんへのインタビュー記事では、「3密を避けるとあなたの命を守れます」というのが利己的メッセージ、「身近な人の命を守れます」というのが利他的なメッセージとされていたが、これは表現の仕方、つまりコピーライターによるコピーの作り方が違うだけで、ほとんど同じ内容を言っているに過ぎないだろう。
 なぜなら、3密を避けて自分の命を守ることは、結果的に他人の命を守ることに他ならないし、「身近な人の命」という表現にも見知らぬ他人の命に対すれば、身近な家族や親族だけの命という、かなり利己的なイメージも含まれるからである。
 それでも人々の行動変容を促したのは、身近な人を守れますという、ここで「利他的」とされたメッセージだったようである。
 「人は自身の社会的イメージが損なわれないような行動を採る」、つまり「自身の社会的イメージを守ることが最優先される」から、コピー表現においても一見利他的に見えるように作ることが重要になるらしい。
 「利己的と見られたくないというのは、人の大事な特性」なので、「人間はそもそも利他的なのか、利己的なのか」という本質的な問いは別にして、「人の利他性が発現しやすい状況を作り出す」ことが大切なのだと大竹さんは言う。
 また、上条さんは、モデルも経験したが、自分にとって本当に居心地がいいのは、介護の現場の方だったと振り返っている。
 「つまり私の介護は居心地がいいという自己満足、利己から始まっているかもしれません。」
 さらに上条さんは介護を受ける人も、何かを求めたら「利己的」にならないかとためらう必要がないと述べている。それが「介護の現場全体が助かることに繋がる」こともあるからだ。
 小田さんは、ヒトは本質的には利己的に行動するはずだが、「将来の『お返し』を期待する利己的動機があっても、結果的に自分がコストを払って相手に利益をもたらせば、その行動は利他的になる」としている。
 ただし利他性と、恩恵を受けるだけの「フリーライダー」=ルールを破る者の排除は表裏一体の面もあることにも触れており、共同社会の利他性もそれほど甘くはないと考えている。ただし、「あまり同質性を上げると、集団が発展しなくなる。ある程度は異質な人とも付き合わなくてはいけない」とも。
 「野生動物を飼い慣らし攻撃性を減らして家畜にしたように、ヒトは自分自身を飼い慣らし家畜化し(「自己家畜化」)」他人と共存できる利他的集団を作るように進化してきたから、「利他的傾向をうまく生かせる社会システムをどう設計していくか」が大切だと小田さんは述べている。
 3人の意見を読んでみると微妙に観点の違うところもあったが、それぞれ真実であり、やはり人間は社会的動物であることを免れないのだとあらためて思った。

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