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【読書おすすめ】私の浅草(沢村貞子)「こんにちさま」に感謝する

久しぶりに、沢村さんの丁寧な文体に触れたくて手に取った一冊。
沢村貞子さんは1908年浅草生まれ。名脇役として小津安二郎監督作品などで活躍し、100本以上の映画に出演した。代表的なエッセイは「貝のうた」「私の台所」「わたしの献立日記」などなど

明治大正の狭間ぐらいで生まれたことになる。江戸下町での心あたたまる日常、といえば聞こえはいいが、女性蔑視は露骨だし、生まれ持った格差の悲哀が伝わってくる。上の学校に進みたい著者の奮闘や、周りの反応の描写には、つい自分の体験と重なる部分に心寄せてしまった。

今回再読して胸にしみたのは「こんにちさまに申し訳ない」という考え方だ。女たちは「生きてるからには働かなけりゃあ、冥利が悪い」と回顧する。

<こんにちさま>がどこに祀ってある神様か仏様か、誰も知らない。ただ律儀な昔の女たちは、その日その日を無事に生きている以上、怠けていては<何か>に申し訳ないといつも胸の中で思っていた。その何かが<こんにちさま>という言葉になったのだろう。

今はあまり言わないのだろうか、私の世代は「おてんとう様が見ている」という言葉を使った。そう言われると子供心に背筋が伸びた。
大人になってから、ひどい扱いをうけてしおたれていたときに、年上の友人が「かみさんが見てるからな」と、ぽつりと慰めてくれたことがあった。

私たちの心根には、消えかかりかすれてはいるけれど、見えない何かへの感謝がちゃんとあるんだなと、ふと思い至った。


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