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江口寿史イラストレーション展『東京彼女』の感想

江口寿史先生は私と同世代の漫画家、イラストレーター、画家である。初めて彼の作品を目にしたのは週刊少年ジャンプ『すすめ!!パイレーツ』の連載だが、その後『ストップひばりくん!』が始まって彼の描く女性(?)の美しさに嵌まった。暫く時をおいて心を揺らされる多くの彼のイラストを目にするようになり、そのたびに新たにときめくことになる。イラスト集を購入したこともあるし、最近『彼女』という彼のイラストレーション展があちらこちらで開催されていることにも気がついていたが、なかなか足を運ぶことができなかった。今回、新しい「彼女」をようやく掴まえることができた。

東京ミッドタウン日比谷で開催された『東京彼女』は、1980年代から新たに作製されたものまで含めた想像以上の規模での作品展だった。
入場するとまず、右の部屋に展示された大きな作品達に導かれる。部屋の隅から、そして近づいてそれらの作品に向かい合う。眺めて、目があって、暫し動けなくなる。

その後、メインの会場に足を踏み入れるとそこは回廊になっていて。展示された作品の前に立ちその中に息づく女性のひとりずつをみつめる。
昔『ストップひばりくん!』で惹きつけられた美しさが様々に新たな膨らみを纏って蘇る。そこには異なって体温を持ったひとりずつの表情があり、彼女たちの一瞬に目が釘付けになる。美人画といえばそのとおりなのだろうけれど、美しい彼女たちなのだけれど、やがてその先の想像に解けていく彼女たちの心風景により心を奪われる。

回廊を曲がると、右側に並んだ2019年に吉祥寺サンロードのキャンペーンで使われたというアドフラッグが目に飛び込んでくる。

左側には女性達の日常の佇まいを描き出すイラスト達が並んでいて、風景の中に街を生きる女性たちひとりずつの息づかいを感じる。彼女たちの生きる日々が自然に巡り広がっていく。

作品たちの印象が、あたかも舞台で俳優達が物語を演じるように、回廊に重なり、満ち、観る側の心を闊歩し始める。更に回廊を曲がって、風景の中の女性たちが感じている空気の肌触りにも、作品が切り出した刹那の奥行きにも様々に心を染められる。

ポップな立て看板で描かれる女性達の立体感もまた違ったベクトルでの女性の存在感を醸し出す。

回廊の終わり近くには彼が作品展のたびに描いたであろう来場者の女性達のデッサンが200点近くあって、そこに悉く異なった女性の個性が描き出されていることに息を呑む。

200人の女性達の200とおりの美しさがあることを表現する力への驚き。その力があるからこそ、大阪で育った人間にはピンとくる阪神ファンの女性の風貌を描き出しうるのだとも思う。広島のことはわからないけれど、広島の皆様も広島ファンの女性の絵を観るとき、同じような感慨を抱くのではあるまいか。

この作品たちからも、数限りなく異なった時間や場所や想いの中での女性たちを唯一無二の普遍として描きつづける作家の眼と画力のほれぼれするような底知れなさを感じた。

回廊の作品たちを時に行きつ戻りつもして見尽くして、内側のふたつの部屋に足を踏み入れる。1980年代から今年描かれた新しい作品まで、時間を超えて描かれた彼女たちの表情や仕草から彼女たちの抱くせつなさや楽しさや想いや言葉が解き放たれる。

ヘットフォンを首に掛ける表情のむこうにひとりの女性のなにげないひとときが揺蕩う。

時の隔たりが滅失した絵の向こう側には、過ぎ去りし日々の記憶も蘇る。


いくつかの絵の中の女性に、心地良い距離感での淡い恋心を抱く嬉しさや後ろめたさや切なさを思いだす。彼女たちと同じ時代を生きてきたことへの楽しさやちょっぴりのほろ苦さや感慨も残る。

全てを観終わって、改めて自分がこの作品たちに切り取られたものと同質の時間を生きてきたことに思い当たる。
また、この作品達にはたとえばアンディー・ウォーホルのキャンベル缶のようにひとつの時代の肌触りをずっと後世に残してくれる予感もあって。かつて彼の才能に熱狂した人々を思うが如く、この時代の実体験がなく未来に生きる人たちが、いつかMOMAに飾られたこれらの絵の前で、遙かに過ぎ去った今に想いを馳せるのかもしれないと想像をしたりも。

その時、彼女と見つめ合ったときに、彼らは何を想い何を彼女と語るのだろうか。

出口の扉を押すとき、少し名残り惜しさや切なさも残りつつ、この時代を生きて女性達の一瞬に共振し心ときめく良き時間を過ごした充足感に満たされていた。

場内撮影自由とのご案内を頂き、iphoneにて撮影した作品の画像を掲載しています。もし、画像使用に問題があるようでしたらご連絡を賜りたくお願いいたします。

江口寿史イラストレーション展
2023年3月14日(火)~4月23日(日)会期中無休
11:00~19:00(入場は18:30まで)
@東京ミッドタウン日比谷
6F BASE Q HALL
入場料:一般 1000円 高校・大学生800円
中学生以下 無料


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