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劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』の感想メモ

少し前、2月24日夜に劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』を。会場は東京芸術劇場シアターEAST。

ネタバレがあります。作品をご覧になる予定がある方は是非とも観劇後にお読みください。(3/14までの注意喚起です)

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舞台に出てくる総力戦研究所は実在したものとのこと、太平洋戦争開戦の一年と少し前に開設され、官民軍の若手エリートたちが総力戦態勢に向けた教育や訓練を受けたという。そして国の実情に精通し日米開戦において現実の双方の国力をよく知る彼らによって開戦の半年ほど前に模擬閣議演習が開かれる。首相の背中から眺めるその光景から舞台が始まる。勝ち目がない戦争であることを知りつつも、そしてそのことを当時の国家の中枢に伝える機会がありながら、彼らがそうすることはなかった。
敗戦となり暫くして、その時の模擬閣議のメンバーが一軒の居酒屋に集まる。そして宴が進む中で時の指導者たちがどのように国を破滅に導いていったかへと話が広がる。指導者の愚行による敗戦への筋立て語り、そこへの観る側への引き込み方が実にうまい。初めは酔いにまかせた語り口、ビール瓶の底で机を叩いているのだろうか、歌舞伎のツケ或いは講釈の張り扇のようなリズムもさりげなく挟まれて、それは漫才の掛け合いのような口調となり、やがて場末の三文芝居の如くに戯画化される。近衛首相や松岡外相、東条首相などが、それを愚行と知る者たちによって肴にされ、冷徹に、軽質に時にシニカルに、あるいは救いのなさへの諦観や怒りも込めて、東京裁判の結果も絡めながら語られていく。
それは、私が知っていたこの国が太平洋戦争に至る道筋に新たな詳細や別の視野を与えてくれた。日本が何故戦争へと追い詰められていった手番や、政治家たちのどこか狭窄した視野のありようが、むしろその酔いに任せたような、一方でぞくっと研がれた表現だからこそとてもクリアに教科書的な史実と重なり合った。なんというか、得心もしたし歴史の歯車の新たな表情を観たような知的高揚もあった。

とはいうものの、終演を迎えて一番心に残ったのは、新たに見えた歴史の足取りや実際に国を動かした政治家たちの愚かさではない。日米開戦の先に訪れる敗戦を模擬閣議において一人一人が予見しながら、その場への忖度というか空気に抗わないことで日本という舟の舫を手放し、国を破滅への流れに乗せてしまった登場人物たちの不作為、そしてその不作為への気づきや抗いの難しさ、さらには振り返り訪れる悔いの質量にこそ深く強く捉われる。東京大空襲や原爆被弾、焦土と数えきれない死、多くの民にとって不条理に訪れる苦難の引き金となる開戦の決断を差し止めえたかもしれない模擬閣議の場、最後に冒頭と逆の視座から本来彼らにとってあるべきだった会議のありようが描かれて、その二つの会議の狭間にあるものの掴みがたい軽質さとそこから導かれる行き場すら与えられない耐えがたい重さが作品の印象となって焼き付き、改めて舞台からあふれ出してくるものに愕然とした。

俳優たちは分野のエリートとも歴史の語り部ともなりつつそれぞれの風貌やや抱えたものをしなやかに作り込んでいて、そのひとりひとりの個性に見応えがあった。居酒屋のおかみさんもさりげなく場の空気を支えつつ、やがて徒に作品のテーマを尖らせることなく、奥行きを授けながら浮かび上がらせる存在となる。よく抑制され、語られるべきものを静かに引き出し映えさせる演技だったように思う。

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劇団チョコレートケーキ第33回公演
『帰還不能点』
2021年2月19日~2月28日
@東京芸術劇場 シアターイースト
脚本
古川健(劇団チョコレートケーキ)
演出
日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
出演
 浅井伸治、岡本篤、西尾友樹(以上、劇団チョコレートケーキ)、青木柳葉魚(タテヨコ企画)、東谷英人(DULL-COLOREDPOP)、粟野史浩(文学座)、今里真(ファザーズコーポレーション)、緒方晋(TheStoneAge)、村上誠基、黒沢あすか




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