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スペースノットブランク『ささやかなさ』の感想メモ

6月13日夜、三鷹SCOOLで観たスペースノットブランク『ささやかなさ』の感想メモ。それはあさっての方角での得心かもしれないけれど、強く心惹かれた時間でした。

この文章にはネタバレがあります。これから公演をごらんになる方は、観劇後にお読み頂ければと存じます。

会場は三鷹のおもちゃ屋さんの5階、ふらっとなスペース。少々早めに会場について、距離を取りつつ2番目に並ぶ。検温と消毒、入場。
自由席、L字に3列あるいは1列椅子が並べられている客席はほぼ選び放題。こういう舞台面の場合、最近はあまり迷うことなく、空間にある重心のようなものと相談してサクッと一番居心地の良さそうなところに座ってしまうのだが、この舞台空間は、肝心な軸が曖昧にもさりげなく歪んでいるようにも感じて迷う。基調は白、入り口から見て下手側にキーボードがあり中央にドラムセット、上手の奥に小さめのアンプが置かれていて、その前に敷物があって。客席を上手側、下手側とながめて、どこを選んでもよく見えるのだろうけれど、なんだろ、どの席にすわっても舞台に対しての落ち着きのなさというか、視野の不安定さを感じるような気がして。立ちすくんでしまうわけにもいかず、入り口に一番近い席に腰掛けてしまう。
開演待ちの時間、時々照明が場内を照らす。ピンスポットのように固定され、あるいはサーチライトのように動いて。その照明のパフォーマンスに空間の歪みの感覚がすっと消える。

客席奥の扉が開き、俳優が列を作って現れて開演。その舞台への入り方や立ち位置というか身体の置き方が平面的でないというか、重力を無視したようなちょっとした宇宙遊泳のようにも見えて目を瞠り戸惑いもする。でも、目を瞠るのだけれど、戸惑うのだけれど、少し遅れて、それが違和感として固まるのではなく、俳優達の一瞬の佇まいも動きもなんとなく居心地悪く不安定に思えた舞台空間にすっと嵌まっていくように感じて、舞台に対する新たな居心地が生まれ、そのまま引きこまれる。上手く言えないのだけれど、時空間の縛めが一つ外されて、世界が呼吸を始めているようにも感じる。
そうして現れる世界は、物語の体系化を目指すと速攻で訳がわからず、すぐに舞台と取っ組み合うことを諦める。作品のモチーフを追って縛られることを避け、観る側の感覚への鎖をはずし、我儘に、訪れるそのままに対峙する。すると眼前の空間から訪れるものが、たとえば剽窃された記憶とか想像のありようや、ビビッドな感覚の断片となって入り込んできて染められる。心に埋められた様々な風景や思索が、新たに現れ、あるいは反芻され、浮かび消えるよう。観る側としての想像力や感性が怠惰で、きっと作り手がその中にちりばめた多くのものは寓意を解くこともされずに現れ消えているのだろうけれど、それでも俳優達の身体も、会話の断片も、音楽も、会場の内外まで使って紡がれるものの座標も、ピン止めされた卒業式の日のひとときを原点に、バンドが奏でるアンサンブルの如くに、3次元+のキャンパスに次元の定まらない心風景を描き出していく。舞台に醸される感覚もフォーカスや解像度が固定されていなくて、それは時に冒頭からの空間での表現となり、すっと平面での漫才のような会話ともなり、息を呑むような刹那の思いの解像度をもちステレオタイプなホームドラマの画質ともなって、メロディーやドラムの音が濃淡を作り出して、でも、それらの混在こそが、細微な心の営みのライブ感にもその呼吸のリアリティにも感じられる。思いっきりその刹那ごとに喰いついて、訪れる甘酸っぱさにも、中二病的高揚感にも、切なさにも、醒めた想いにも、行き場のなさにも、日々への諦観にも、委ねてというか委ねざるを得ないまま、舞台の移ろいを見つめ続ける。さりげなく、ありのままのようにも、熱に侵されたようにも、圧巻だった。
終演後、ビルの階段を下りながら、入場時に感じた上質の居心地の悪さが、この表現のために組み上げらた秀逸な必然だったのだなぁとひとりよがりに思い当たり感心したりも。

帰り道、舞台に差し入れられた倦怠期の夫婦生活のありようについて思い返し、前述のとおりどこか薄っぺらさが残るステレオタイプな描かれ方なのだけれど、それが作り手が仕入れて研いだ概念の壁といい歳のおっさんの生きるというか生きた実体験で編まれたスクリーンでは異なる画質となって映るように思えた。その時間を見る足場が違うというか、そこにしわや汚れが写り込むか否かみたいな。翻って、とても良い意味でこの世界を操る作り手は時間軸のどの値に立ってこの世界を編んでいるのだろうとも思う。もちろん記憶だって夢の世界の中では現在進行形の物語なわけだし、舞台の一瞬ずつはリアルタイムとしての語り口に裏打ちされていたように思うのだが、一方でそれを描く絵筆の基は作り手の実年齢での視座に握られていたのではないかとも感じる。だとすれば、もし、この作品が10年後にリメイクされるなり再演されるなりしたら、たとえそれが同じ作りであったとしても、異なる色や風景が湛えられるのではあるまいかと勝手に想像してわくわくしてしまった。
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スペースノットブランク「ささやかなさ」
2021年6月11日(金)~18日(金)@三鷹SCOOL
作 :松原俊太郎
演出:小野彩加、中澤陽
出演:荒木知佳、古賀友樹、西井裕美、矢野昌幸
音楽:Ryan Lott
音響:櫻内憧海
照明:中山奈美


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