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スペースM&Aプロデュース『瓶底のマクガフィン』の感想メモ

この舞台はまだ公演中ですが、内容にはネタバレがあります。作品を観劇予定の方はご留意ください。

2023年4月2日夜に八王子 スペースM&Aで観た『瓶底のマクガフィン』の感想。

スペースM&Aは初めての劇場。京王線八王子から歩いて5分の場所にある。
階段を降りて、地下の劇場へ。席に着くと舞台スペースは思ったより広く、上手奥にピアノが、中央に机と椅子、下手にバーカウンタが立て込まれている。また奥には二つの扉。
フライヤーには以下の通りストーリーが公開されている。

ユキナの姉・エリナは、高校卒業と同時に突然、家を出て行ってしまう。
家族とも疎遠になったまま、エリナの訃報が届く。
ユキナは死の真相を探る為、彼女の知人を訪ね、姉の人生を辿り始める。
其れは、お互いの価値観を再認識する旅でもあった・・。

『瓶底のマクガフィン』公演フライヤーより転載

脚本・演出は佐藤信也。その物語る力や演出は主宰団体である疾駆猿の舞台で何度か観ていて、その世界を観る側に流し込む作劇の切れ味が印象に残っている、最近では王子小劇場で上演された劇団フェリーちゃん『マクダバタリーク』の演出でも彼から生まれる舞台の運び方のしなやかさに眼を瞠った。
今回はまたひと味違った冴えを持った彼の語り口に引込まれる。

物語は妹のユキナの語りから始まる。そして、姉と妹の10年前が手短かに描かれる。それは姉が失踪するまでの姉妹の時間、そして姉の死。そこから死を迎える前の姉の足跡を追いかける妹の姿へと導かれていく。
次第に解けていく死を迎える前の姉の日々、姉を知る人を訪ねるなかで妹の姉への気づきが観る側に像を結んでいく。会話の空気や言葉の断片。それらがかつての日々の印象を彩る姉がピアノで奏でるシューマンやラヴェル、姉が少し飲み物を残す訳、家族旅行でみつけた瓶底の蟹、エピソードの間に妹の思索やその家庭の温度や記憶と交わって、その先には妹に新たに形作られる姉の姿が浮かび上がる。

妹が姉の足跡を追うなかで出会う人物たちを演じる俳優達にはそれぞれの風貌とその内心の透かし方の作り込みがあった。姉の行きつけのバーの女性やバイト先の同僚には言葉に留まらずその台詞の間や刹那の仕草に場の温度や気配を作る俳優の力があり、いくつかのシーンの重なりに妹との関係や距離を描く友人の表層と内側の絶妙な落差にも捉えられる。
おでん屋のおやじがその人柄で姉と妹の時間を呼吸させることが、ふたりそれぞれの屋台での時間の肌触りとして心に残る。姉の隣人が語るふたりの姿や東京に暮らすことの想いが物語と描かれる姉妹の姿に新たな視座を与えることにも引き入れられる。
妹を演じた石塚みづきには、それらを取り込みながら、受け取り揺らぎながら、シーン毎に変化していく彼女が抱く姉の姿をステレオタイプな解像度に陥ることなく描き出す呼吸と奥行きがあり、姉を演じた塩原奈緒にはその物語の解け方にあわせて妹のなかに姉の実存感を編み上げていく確かさがあった。

顛末が細部にまで刻まれる訳でもない。事実は最後になってもあからさまには定まらない。でも、描かれたエピソード達は、妹が抱く姉の過ごした日々の風景への新たな共振へと翻り、徒に重くなることなく、薄っぺらさを感じることもなく、でも心から離れることのないほろ苦い感慨となり残る。その心風景へのフォーカスの定まり方というか、ひとりの女性の想いの至り方に終演後もずっと心を繋がれていた。

・スペースM&Aプロデュース公演『瓶底のマクガフィン』
2023年3月26日、29日 4月1日、2日(昼夜)、5日、8日(昼夜)、9日(昼夜)
(全10公演)
@八王子 スペースM&A
脚本・演出 : 佐藤信也(疾駆猿)
出演 : 石塚みづき、塩原奈緒、大山カリブ
辰巳真有加、田村葵夢
―ダブルキャストー
音野晄(ロデオ★座★ヘブン)*・遊佐邦博(大統領師匠)
―トリプルキャストー
藍羽舞*・小沼枝里子・原澤彩
―声の出演―
妻木尚美
(*のキャスト回を観劇)

上演時間 約65分(実測)


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