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このしたやみ『猫を探す』の感想メモ

6月26日マチネにこまばアゴラ劇場で観たこのしたやみ『猫を探す』の感想メモ。

この文章はネタばれを含みます。東京公演は終了しましたが、京都の公演もあるようですので、ご覧になる方は、観劇後にお読み頂ければと存じます。

劇場に入ると、舞台中央の白い床と柱からなる大道具が鮮やか。一方でその外側にはなにもない舞台。設えられた四畳半ほどの空間の床の下にはスペースがあって猫が隠れることもが出来そうな・・。また、4本の柱の長さが違うことも目に留まる。手前下手と奥上手の柱は短めで、手前上手と奥下手が長い。
舞台中央には足が折られ前にのめった卓袱台、斜めになり一部が床についた天板をやはり白い砂状の物が覆っている。
開演前、演出家からの前説時に俳優ふたりが舞台上手に現れて、それがちょっと目新しい趣向にも思える。実際のところは、アフタートークでの説明では、アゴラには下手に舞台袖的なスペースがないため、そこで挨拶をして俳優達は上手隅に立って開演ということになったらしい。下手に建て込みがなくても楽屋からの階段を上がって姿を現し開演という感じになることが多いこの劇場だが、この演出だと観る側も演じる側と一緒に冒頭のシーンに引き入れられるような空間との仲良し感があったりも。

ふたり芝居ではあるけれど、登場人物がふたりという訳ではない。また、時制も一重ではなく、いくつもの時間が絡まり合うけれど、舞台には物語を追ってちゃんと連れていってもらえる紡ぎ方の確かさがある。途中にはxx綺譚みたいな肌触りもなきにしもあらずだったけれど、そちら側に物語を傾げさせない人物の実存感や生々しさがあって、素から自然に踏み出して常ならぬ風景があり、気がつけば、解ける男女のありように巻き込まれている。当日パンフレットでの配役を見ても、種村堅蔵役が二口大学、和田房子ほかが広田ゆうみとあり、学校の事務官を演じる男性がほぼ役を固定されていることが観る側に物語を受け取る居場所を与えていたように思うし、またその分、女性がそれこそ地語りから女学生とその母、さらには居酒屋のおかみまで演じることが、とり散らかることなく舞台に男の視座から見る物語や女性達というばらけない視野を与え顛末を曖昧にせずブレを生じさせない。毎日坂を行き来して勤めを続ける男のルーティンを眺めているうちに、あれよと入り込んできた異なる風景の中にノートがあり、猫を探し始め、心のざわめきのなかに記憶が解け、男女の距離やその中での男の箍のありようや女性が抱く物の深淵までが、混濁することなく、艶めかしく、行き場なく、諦めの中でもなにかを痺れさせるように伝わってくる。時に気配を感じさせながらもはや姿を見せることのない猫を探すその心情が、捉えどころなく、生々しく、さりげなく自然体でそこにある。それがどこか切なく、でもうなずいてしまってもいて、人は死ぬまで仏様にはなることが出来ないのだとも思う。

観終わって、舞台の様々なしたたかさに思い当たる。アフタートーク時にも説明のあった舞台美術が観る側の無意識に与えるものの、その演劇的工夫に感心。
前半に差し入れられた旦那持ちの居酒屋のおかみが男を口説くシーンが男を地語りに縛られた存在にせず、彼の時間に血を通わせていたように感じる。一方で女性の「ふふっ」という笑い声は、観る側を物語の中に漬け込んでしまわず、そのシーンたちの重なりを外から見せるための距離をあたえてくれていた。
最後、居酒屋から出た男が月に照らされる部分も、そこだけだと、それまでの男への血の通い方からすこし乖離し、表現から膨らみがひとつ削がれたようにも感じるのだけれど、作品全体を振り返ってみると男に訪れた発情期のような時間が冒頭に描かれた日々のルーティンにすっと収まるような美しい説明語りだったようにも思う。
アフタートークでも語られていたように音楽の使い方も秀逸、心地よいピアノによるラグタイムでの客入れから、たしか歌詞に「Gonna make a sentimental journey、To renew old memories」という一節のあるセンチメンタルジャーニーが作品の空気を彩る。その上であのシーンのCreamというのも、彼の年代などを浮かび上がらせつつ、その心のありようががっつりと伝わってくる。

今回戯曲を編んだ永山智行氏の作品は何本か観ていて、登場人物が抱く時間とそのなかに揺蕩う思いの温度や実存感に魅了されてきた。今回も表層だけを正面から照らすのではなく、戯曲の構造が浮かび上がらせる人がその内に抱くもののありように目を瞠り、だからこそ受け取ることができたであろう生きる時間とそのなかに訪れる満ち干のリアリティに心捉えられた。

余談だけれど、アフタートークでゲストの田中綾乃先生(三重大学准教授・演劇評論家)が大人の舞台ともおっしゃられていて、なにか受け取ったものへの確かさが増し後ろめたさがちょっと減じられたりも。帰り道、女性が生きることがどのようかは知るよしもないが、男が生きるということはかくも淡々と生々しいことだと心中に達観とやましさを織り交ぜつつ舞台に編まれたいくつものシーンを反芻した。
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このしたやみ『猫を探す』
2021年6月25日[金] - 6月27日[日]@こまばアゴラ劇場
脚本:永山智行(劇団こふく劇場) 
演出:山口浩章
出演:広田ゆうみ
   二口大学



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