リハビリつれづれ 16

 なんだか今朝は忙(せわ)しない。いつもであれば目覚ましを止めてからスヌーズ機能を活用して二度寝をするはずなのに二度寝で全然寝れる気がしない。そこで仕方なく出勤前の準備を行う。鏡の自分を見るとどこか違和感を感じる。そしてこの違和感は視覚的な問題だけではない。両耳の上部分を触るとジョリジョリとした違和感がある。いつもであれば洗面所の滞在時間なんて十分もかからないのであるが、今日は昨日美容院の人に教えていただいた通りに髪型のセットを試みるがなかなか決まらず、ワックスを多めにつけて試行錯誤している。結局髪のセットに時間をかけすぎたせいで走って駅まで行くことになり、整えた髪型は崩れてしまった。電車の中では、いつもなら全然気にならない周りの人の視線も気になってしまう。人間なんて他人のことは全然気にも留めていないなんてことは頭では分かっているのだが、髪の毛がそわそわして仕方がない。私は髪の毛をいじりながら、横浜緑野総合病院へと向かった。

「正人、髪切った?いい感じじゃん。」
 リハビリ室で豪先輩の開口一番の言葉がこれであったので、私は少し嬉しくなった。
「ありがとうございます。」
「でも正人はソフトモヒカンの方がいいと思うけどな。」
「美容院の人に今一番はやりの髪型にしてくださいといったらこうなりました。」
 ここですかさず詩織が口を開く。
「豪先輩、やっぱり時代はツーブロックじゃないですか。でも正人の髪型はちょっとはやりとは違う気がするけど。ツーブロックというよりはキノコヘアって感じ。マッシュルームって感じ。」
 さらりと詩織が毒を吐く。詩織の発言は、私の心に深手を負わせる。
「いやでも今一番はやりの髪型っていったらこの髪型になったから。詩織が流行に乗れてないんじゃない?」
「私のセンスを疑わないでよ。ねえ、麻衣さんはどう思う?」
 詩織から話を振られた田中麻衣は、理学療法士二年目の若手である。
「私の推しの韓国グループでもそういう髪型の人いますよ。でも中原さんのはなんか違います。」
 これはつまり顔と髪型が合っていないということなのだろうか。ツーブロックというのはそれなりに顔が整った人でなければ似合わない髪型なのであろうか。さらりと私の顔を否定された気がするが、先ほどすでに深手を負えた私にはもはや反撃する気力はない。
「俺は似合ってると思うよ。トゥーブロッコリー。」
「豪先輩それいいたいだけでしょ。」
 患者さんにはいつも優しく褒めているのに、職場の仲間となると、随分当たりが強くなるものだ。私は自分自身褒めて伸びるタイプであると思っているので、今度、”中原正人は褒められて伸びるタイプです。たくさん褒めて伸ばしましょう”と、取扱説明書をそれぞれの個人ロッカーに入れて置こうかと考えたが、看護師さんから影でキノコと呼ばれるのは嫌なので、正しいことを言ってくれたリハスタッフに感謝しようと思う。
 髪の毛はスッキリした一人のセラピストは心持ち新たに今日もリハビリを行うのである。

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