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マイ・ライフ・サイエンス(8)「真っ直ぐな線など描けない」

 「原子と原子の間には何があるか」や「宇宙は真球状に広がったのか」などと、変にこだわっていた少年でしたが、ある日「真っ直ぐな線など描けない」ことに気づきました。木の物差しよりプラスチックの物差しの方が真っ直ぐな線が描けた気になるのですが、それをよくよく見ると、鉛筆のギザギザがあり真っ直ぐではありませんでした。私が住んでいた京都市内は碁盤の目のように東西と南北に通りが真っ直ぐ伸びていて直角に交差していると言われていますが、よくよく見ると真っ直ぐに伸びているわけがなく、直角に交差しているわけでもありません。
 この疑問を小学校の担任の先生や両親に投げたのですが、笑顔で誤魔化された記憶があります。パソコンの画像ソフトで真っ直ぐな線を描いても、ドットを拡大すると真っ直ぐではありませんから、大人になり感覚的に、真っ直ぐな線など描けるわけがないから、「ま、いいか」と私の心の疑問箱に放り出したままでいました。
 やがて、それは「海岸線のパラドックス」というのだと知ったとき、私の心の疑問箱から、この疑問はとりあえず解き放たれました。
 これを最初に発見した人物はイギリスのルイス・F・リチャードソンという数学者・気象学者で、紛争の原因となる二国間の国境の長さが二国の間で異なる理由を問いつめ、測定する単位が異なることで、長さの違いが出ることを突き止め、その後、フランスのブノワ・マンデルブロという数学者・経済学者が1967年に発表した「イギリスの海岸線の長さはどのくらいか」という論文で、リチャードソン氏の指摘を引用し、「海岸線のパラドックス」として有名になりました。
 それは…イギリスのグレートブリテン島の海岸線を100km単位で測れば約2800kmなのに、50km単位で測れば約3400kmになる。つまり約600km長くなることを、実例として説明しています。
 これは私たちの身近なところでも当てはまります。例えば、北海道の海岸線を10メートル単位で測るよりも1メートル単位で測った方が、海岸線の凹凸をより詳しく測れますから海岸線の長さはより長くなるはずです。さらに10センチ単位ではさらに長くなり、1センチ単位ならさらにさらに長くなります。つまり、測定する単位が短ければ短いほど、その海岸線はより長くなります。無限に海岸線は長くなるわけですね。
 これとは直接には関係ありませんが、肉眼では真っ直ぐだと思っていた線でも、より近づけば、その線はガタガタとしており、さらに顕微鏡レベルだと真っ直ぐどころかガタガタ凸凹な形をしているわけです。つまり、測る単位が細かくなればなるほど、真っ直ぐに見えていた線は、ガタガタ凸凹が激しく見えるわけですね。
 この「海岸線のパラドックス」は、フラクタル理論と関係してくるのですが、それはまた別の機会ということで。
 しかし、1967年に発表された「海岸線のパラドックス」という論文を私の先生や両親が読んでいたなら、私の疑問もすぐに晴れていたのですが、それは仕方のないことだと今は諦めています。
 生きていると、どの程度のレベルで真っ直ぐであるべきかを絶えず気にして生きねばなりませんが、それはその時々に見当をつけて対処するしかありません。変にこだわると、変人扱いされますから。
 ただ、たまにこの「海岸線のパラドックス」を頭に持ち出して、日常生活で当然至極だとしている長さに疑問を持つのも良いかもせれません。そういえば、長崎で乗ったタクシーのドライバーさんが、長崎県の海岸線は北海道の海岸線よりも長いと教えてくれたことがありますが、この「海岸線のパラドックス」を持ち出すと、話が揉めるでしょうね。くれぐれも、変人扱いされぬようご注意くださいませ。中嶋雷太

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