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【クロサギを読み返す】ドラマには登場しなかった「唯一の友だち」の遺言

「新クロサギ」第8巻~第11巻 黒丸 [原案]夏原武 (小学館)

 「新クロサギ」第8巻に収録されている「架空取引詐欺」にて、黒崎がサギを仕掛ける中で知った、あるペーパー会社の「社長」に仕立てられている男、岸川常臣。身寄りが無く介護施設で暮らす孤独な老人だった。

 黒崎は岸川の協力を得てシロサギを罠にはめることには成功したが、宝条が手を回したことによりペーパー会社は倒産、岸川は多額の負債を背負うことになった。

 黒崎は自分の失態により発生した岸川の借金を返済し、詫びとして、入院することになった岸川の医療費も自分が持つことになった。

 岸川は商社に勤めていた頃はきわどいこともやってきた人物で、それゆえに「ひねくれ者」同士、黒崎とは馬が合った。岸川と話している時にのみ心安そうな笑みすら浮かべる黒崎を見て、氷柱は岸川が黒崎にとって唯一の「友だち」なのだと感じた。

 しかし岸川は末期がんに侵され死が迫っていた。自分には孤独な死しか残されていないと思っていた岸川は、思いがけず最後に寄りそってくれた若者が無謀な戦いに身を投じていると知り、自分が止めても無駄だとわかっていながらもこう言い残す。

 いいか、じじいというものはな、たとえ、何があろうと!どれだけ人生に怒り、世をねようとも、やはり、若者には前を向いて生きていってほしいと願うものなんだ!!
 おまえのような男はなおさら――そばにいる優しさに目を向けて、誰かと共に生きていくべきなんだ!!

「新クロサギ」第11巻より引用

 この話における登場人物たちの心理描写には哀しみが漂っている。氷柱は黒崎が岸川と親しげに話すのを見て、自分は岸川のように、黒崎が心を許す存在にはなれないと悟っただろう。

 岸川は氷柱こそが黒崎にとっての「そばにいる優しさ」だと理解したが、黒崎がその優しさに寄り添う道を選ばないことは分かっていた。

そして黒崎は岸川の親心に胸を打たれ、心からの感謝を述べつつもなお、宝条の存在を知ってしまった今、違う生き方はできないと伝えるのだった。

 人間はいつでも変われる。人生の終わりに俺が変わったようにな…。 

「新クロサギ」第11巻より引用

 自分は長い人生の終わりになって変わることができた。だが黒崎はその若さで「死が迫ろうとも道を曲げない」覚悟を決めている。そう悟った岸川は、黒崎と同じく宝条との因縁を持つ元法務官僚の公証人、犬伏晴臣に「俺のかわりに助けてやってほしい」と後を託す。

 この記事で紹介した岸川老人の遺言は「クロサギ」シリーズ屈指の泣ける場面であり、原作では犬伏は宝条との対決において最重要人物であるのだが、ドラマの「クロサギ」では登場しない。

 全10話という時間枠に収める必要があるのと、ただえさえ「内容が難しい」と敬遠する視聴者も多い中、法律の詳しい内容をこれ以上加えるのも厳しかったと思うが、自分としてはもったいないと思った。

 金融庁の日下は登場したけど第9話の終盤であんなことに…。

「新クロサギ」第11巻