見出し画像

第1章 出会い 04

4 ケン

 サザンクロスの4人の司令官の最後の1人は、ケン・アシリア・ロータルミラト情報科学大佐だ。
 現国王の弟、ロータルミラト公爵の次男で第4位王位継承権を持っている。本来ならば、国を離れ外界に出っ放しになるサザンクロスへの着任など、あり得ない身分だ。しかし、幼い頃から親しい王女の理想に共感し、一緒に未来をつくるために、この任を引き受けた。

 そしてケンは今、司令官執務室で王女に送る報告書を作っていた。
 その内容は、今日、自分たちが見つけて拾ってきた「冬の子」のことだ。

 サザンクロスに着任する直前、王女はケンに不思議な頼みごとをしていた。「外界で存在するはずのないものに出会ったら、国王陛下に決して知られないよう、私に連絡して」と。

 (あの時は何のことかと思ったけれど……まさか、あの冬の子のことだろうか。でも、王女殿下は一体どこからあの少女の存在を知ったのだろう)

 できれば王女と直接通信で話したかったが、ケンはまもなく反省房に入らねばならない。

 ふと、司令官専用ラウンジでのカイとシィの会話が耳に入ってきた。

 「シィ、仲裁してくれよ!」

 司令官専用ラウンジにはカメラとマイクが数台設置されており、司令官執務室からは、その様子が隅々まで常に見聞きできるようになっている。
 これはラウンジを監視するのが目的ではなく、4人の司令官がオンオフ関係なく、お互いに場を共有できるようにと王女が決めたことだ。
 ただし、ラウンジには客が来ることもあるため、向こうからはこちらの様子を自由に見ることはできない。それができるのは、司令官執務室側から映像が共有されたときだけだ。

 何の仲裁かと気になり、ケンはラウンジの様子を映しているモニターに視線を向けた。
 シィとカイが鬼ごっこをしているのが目に入った。

 「嫌だよ! 俺、ユーゴ苦手だもん」

 「あの堅物が得意な奴なんていねーだろ! 仏頂面のお高く止まったお貴族様だしなっ!」

 それを聞いて、ケンは思わず苦笑いを浮かべた。

 「あはは。ここからラウンジの様子が丸わかりなのを、二人とも完全に忘れているみたいですね」

 「思い出させてやるべきだろうか」

 自分の席で何か調べ物をしていたらしいユーゴが顔を上げ、冷ややかな声で答えた。

 「僕としては、ユーゴに筒抜けですよと、今すぐに教えてあげたいですが」

 「いいや、もう少し見ていよう」

 ユーゴはくるっと椅子を回転させ、身体を自分のデスクから完全にモニターの方に向けた。その目は冷ややかだ。

 こちらで見られているのも知らず、二人は鬼ごっこを続けている。なかなか派手な動きだが、室内のものを壊すことはないので、その辺りの気ははたらいているのだろう。
 そのうち飽きてまた静かになるだろうと思ったケンだが、残念なことにカイは聞き捨てならないことを口にした。

 「なるほど!  無断外出した事実を捻じ曲げるか、トップシークレットがトップシークレットでなくなりゃいいってことだな?」

 その表情は悪巧みをしている子どもそのものだ。
 ユーゴの周りの温度がまたスッと下がった気がした。

 「俺はそんなこと、一言も言ってないけど?」

 シィはそう答えたが、カイは嬉しそうに手を打っている。

 「よーし! 俺は考えを変えたぞ。サザンクロスのメンバーたるもの、冬の子ごときで動じてられるか! 情報開示だ!!」

 ケンはふう、とため息をついた。カイとは幼い頃からの付き合いで、その性格はよく知っている。カイは本気で緘口令を覆す気なのだ。

 「ユーゴ、すみません…‥」

 「君が謝ることじゃない」

 ユーゴは憮然とした表情でそう言うと、戦闘支援兵科の人間に通信で命令を伝えた。

 「司令官専用ラウンジにいるカイ・ブラウン空戦大佐を拘束し、ただちに反省房へぶち込め!」

 さらに情報部へ連絡し、カイの通行限権をEまで下げるように命じた。
 ちょうどそのタイミングでラウンジの外に出て行こうとしたカイは、AIに通行権限がないことを告げられ、憤慨した。

 「何でだよ! さっきは通れたじゃねぇか!」

 それに答えるように、ケンはマイクをオンにしてラウンジのカイに話しかけた。

 「カイ、今のやり取りは全部こちらで見えてましたよ。兵が迎えに行きますので、大人しく従って先に反省房へ入ってて下さい」

 「うあ、そうだった!」

 カイはようやく室内に設置されたカメラとマイクのことを思い出したらしく、両手で頭を抱えた。

 「まさか、ユーゴも見てたのか?」

 「一部始終、見ていましたね」

 「わちゃぁ。あいつ陰険なだけじゃなくムッツリかよ! 黙って聞いてるなんて悪趣味だぜ! 今のやりとりで俺が反省してねーとかなんとか難癖つけて、懲罰期間を長くしようって魂胆だろ! それだったら、そそのかしたシィも同罪だからな! 4人のうち3人が反省房とか、基地が機能しなくなるぜ! ユーゴ、聞こえてんなら何か言えよ! おい、考え直せ!」

 けれどユーゴに答える気はなさそうだ。自分のデスクに向かって淡々と何やら作業している。

 「カイ、本当に基地のことを思うなら、立場を考えた言動をお願いします。シィは少なくともそうしていましたよ。彼は、反省房行きは免れないと言っただけですから、そそのかしたことにはなりません」

 「でも、顔で『バラしちまえばいいんだ』って伝えて来てたぜ! 録画で見てみろ! ケン、今からでもまだ間に合う。俺たちの行いが正しかったことを広めよう! 緘口令なんかくそくらえだ!」

 「カイ、本気で言っているなら、この僕があなたの懲罰期間を延長しますよ?」

 そう嗜めたところで、戦闘支援兵科の人間がラウンジに到着したのがモニター越しに目に入った。

 ケンは「大人しく従って下さいよ」とカイに念を押した。



この話を書いているマガジン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?