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意味のない世界
最近繰り返し耳にし心に置いている言葉
☆リアルorリアルではない、を区別し受け入れる(実相と幻想、真実と現実)
☆白旗を上げること
まだまだこの道のりは
途方もなく遠いかもしれないし
近いかもしれないし
それは私には全くわからないけど
確かに今まで見つけられなかった道に
やっと入りはじめたと感じていて
その証拠に
小さい頃からの誰にも言わなかった悩みやどうしようもない苦しさ(見えるレベルの悩みではなく感じてしまうもの)が、気づいたら無くなっていた
それもひとつではなく
気づいたときには「もう無い」となっていた
だから自然に消えたとしか言いようがない
敢えて言うなら、原因がなくなったんだと思う
それら(の苦しみ)を掴んでいる理由、必要ががなくなったのだと
これらの証拠のお陰で
今まで諦めずに生きてきてよかったと
本気で思えるようになった
生きる目的がやっと見えてきた
そしてどんなことも
「誰のせい」にも「自分のせい」にも
「世界のせい」にもしなくていいと
理解できた
誰も何も悪くない
それらは真実じゃなかったから
真実から見るなら悪も闇もなかった
苦しさになっているものが消えたり
報われるときが来たりすることは
もちろん喜びだ
でもそれはもちろん
「私が」頑張ったわけではなく
元からそういうことになっていたのだろうし、
その時が来たのを私はただ目撃した、というストーリーなのだし
「時がきた」のだし、それが今だったことに、「どうやって報われたのか」ということに意味や理由をつける必要もないのだと思う
こうやって起きることや幸せは
「私が」コントロールなんか出来ないんだけれど、むしろその「私の無力さ」が「救い」だし「喜び」に繋がるのだった
無力だから、それを受け入れるしかなくなるから、恵みにあずかれるし導きにあずかれるのだった
わからない、出来ない、知らない、そうあることがこんなに価値があるとは…
逆に言えば、わかる、出来る、知ってるとなるとき、失ってるもの、全く見えなくなるものがある
ずっとそうやってだけ生きてきた
何も知らなかった
無知だった
この歳にしてやっと
もう一度学校に行っているよう
「私の」考えは、「私が」見ていた世界は、全てが逆だった
真実はここにひとつもなかった
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