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バフェットの虎の子、中国「BYD」の電動化戦略

あなたは中国の最強EVメーカーであるBYD(比亜迪)という会社をご存じだろうか?

中国出身の同僚でさえ、「数年前に私がまだ中国にいた時にはBYDなんて目立った会社じゃなかった」と言う、普通の日本人からしたら謎のEVメーカー。なんとこの会社、EVにとって不可欠なバッテリー生産でも世界ランキング3位に位置しているのである。

BEV(Battery Electric Viecle)の四天王は2022年現在、①テスラ(米)②BYD(中)③ヒョンデ =現代自動車(韓)④フォルクスワーゲン =VW(独)である。BYDはバッテリー生産では「ブレードバッテリー」という革新的な電池を開発するほど技術力があり、そしてBEV生産も強い。そんなBYDという会社の名前はまだそこまで世の中に広まっていないように感じる。半導体業界で言えば、2015~2016年時点でのTSMCやASML、2019年以前のレーザーテックのような、そんな「知る人ぞ知る会社」という感じにも見える。実際は2022年の上半期はEVとハイブリッド車を約64万1000台販売し、テスラの56万4000台を上回っているという、もはや世界的大企業になりつつあるのだが。

ただし、実はBYDというのは単なる中華系企業ではない点は、EVファンですら知らない話かもしれない。この会社の主要株主は創業者で中国随一の資産家でトップ10入り目前である王伝福が25.57%の株を保有している。そして見逃せないのがMidAmerican Energyという会社が9.89%を保有しており、そこからバークシャーハサウェイCEOのウォーレン・バフェットが投資をしているのである。2022年12月にバークシャーはBYD保有株の1/5強を売却したという報道が出ているものの、それでもまだ大量の株を保有している。BYDというのは米国の資産家にとっても魅力的な企業なのである。

尚、ビルゲイツもBYDの工場見学を行っており、BYDに投資をしている。

つまりこの会社は単なる中華系新興EVメーカーというわけではなく、世界の大富豪が出資している超有望なメーカーなのである。

BYD創業

社名のBYDはBuild Your Dreamsの略である。本社は近年でハイテク都市に成長した広東省深圳市。売上高は2021年度で約4.5兆円。2021年に中国国内で生産された電動車・NEV354万台のうち、BYDは60万3800台を占め、伸び率は対前年比218.3%を記録。現在は自動車事業が好調ではあるが、その裏ではファーウェイのスマホの受託製造などで安定的に稼いできた歴史もある。もちろんこれからはバッテリー製造でも成長することはほぼ確実である。

創業者の王伝福は、バフェットのような大富豪が投資してくれていることに慢心せず、「学問が運命を変える」というモットーのもと、凄まじい勤勉さで学生時代の成績をトップで通過してきた14億人の上に立つ天才的人物。電池技術の学士号と修士号を有しており、携帯電話のバッテリーを作る会社としてBYDを設立している。

「経営者は行動することに重点を置き、あまり喋らないことが大事だ」というアドバイスを起業家を志す者たちにアドバイスしていることからも、王伝福が極めて真面目な技術者の側面が強いことが伺える。BYDが「電池王」と言われていたのも、この王伝福の忍耐強い努力の結晶である。

BYDの強みの源泉

BYDの強みの源泉はアメリカの資本家がバックに付いているということよりも、純粋にEV生産における実力があるという点に注目すべきだろう。

これだけ「車載半導体が足りない」と言われている中でBYDがゼロコロナ政策をもろともせずに破竹の勢いを続けてきた理由は、BYDセミコンダクターというグループ会社で、自社EV用の半導体生産を続けてきたことが大きい。

本来、車載半導体というのはPCやスマホのSoCチップのような超ハイテクなものではない。その程度の”ローテク”なのに半導体不足が叫ばれているのはやはり半導体チップメーカーはスマホや電子機器に意識が向いており、車載向けがないがしろにされているからであろう。現にiPhoneが納品待ち1年になるような話は今まで聞いたことがない。だからこそ、これからのBEVは専用の車載半導体のサプライチェーンを構築しておく必要があるのだが、そう簡単に既存の半導体工場のレイアウトを変更することは出来ないのである。「大は小を兼ねる」ように思うかもしれないが、ハイテク用の工場はハイテクチップを生産するからこそ設備投資した意味がある。今後もデジタル社会の移行は止まることはないことから、よほど仕事に困らない限り、そういったハイテクメーカーが車載半導体の生産に力を入れることは考えにくい。今後も垂直統合型のサプライチェーンを有しているBYDに競合優位が出るのは間違いない。

販売面を見ても、BYDの強さがよく分かる。売上の70%が中国国内であり、中国14億人のナショナリズムが高まれば高まるほどBYDの牙城が強固になる。そして売上の残りの30%は製造業に力を入れたがっており、EV普及にも積極的なタイとインド市場。また、最近ではEVガラパゴスの日本市場にも続々と新車種を投入し始めているのである。

バッテリーと半導体との垂直統合が出来ているBYDのEVの強さは驚異的で、2022年度は年間150万台程度の出荷台数になる見込みである。これはトヨタの1/6~1/7程度の規模であるものの、マツダやスバルを抜き去る数字である。2023年には400万台を目指すとも言われており、サブスク形態での販売が広まりつつあるモビリティ市場ではかなりの数字と言えそうである。

次は少し技術的な面を見ていくが、EVの性能を大きく左右するのは何度も申している通り、電池の性能である。BYDの電池はリン酸鉄系と言われるLFP(リチウム、鉄、リン)バッテリーであり、コバルトフリーで低コスト、安全性も他の電池に比べて高いのが魅力の電池である。

これをベースに「弗迪電池(FinDream Battery)」、日本語でブレードバッテリーと言われる電池を開発し、このおかげでBYDのEVは圧倒的バッテリー性能を実現している。従来型のバッテリーパックは、バッテリーセル→モジュール→バッテリーパックという工程で製造される。いちいち構造部品で連結や固定を行う必要があり、ムダに重く、ムダに体積を取ってしまう。これではEVの床に大量の電池を搭載することが出来ず、航続距離に影響してしまう。

この課題を解決するためにBYDは、バッテリーをモジュール化せずに済むようなブレード状のセルを作り、一気にバッテリーパックにまで仕上げ、これにより締結部品などを減らして空間利用率を高めている。「ブレード・バッテリーはエネルギー体であり構造体でもある。バッテリーパックを直接支える梁のようなものだ」という説明がなされている通りで、モジュールにしなくても問題ない。

もちろんこのブレードバッテリーというのはリチウムイオン電池業界にとっては革命的な設計なのだが、忘れてはいけないのが世界No.1電池メーカーである中国CATLである。ここまでBYDをべた褒めしてきたが、電池だけ見ればBYDの上にはCATLがいる。CATLは「Cell-to-pack」という技術を開発し、ブレードバッテリーと同じく、モジュールを省いてバッテリーパックを製造する術を持ち合わせている。そしてその電池はテスラなどの大手EVメーカーが軒並み採用しているのである。EVバッテリー戦線はそんなに甘くないというのは念押ししておくべきことである。

BYDのEVのブランド3種

次にBYDのEVブランドを確認していく。①ATTO 3 ②DOLPHIN(ドルフィン) ③SEAL(シール)の3車種である。

・Atto3:SUV
・ドルフィン:コンパクトハッチバック
・シール:セダン

「SUV」というのはSport Utility Vehicle(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)の略で、要するにアウトドア目的の車であり、ゴルフ好きなどはSUVタイプがオススメである。「ハッチバック」というのはトランクルームのない車、週末のお出掛けや買い物くらいに適した車で、日産のノート、トヨタのアクア、ホンダのフィット辺りに該当する。「セダン」とは、エンジンルーム・乗室、荷室の3ボックス構成の乗用車のことで、一般的には4ドアの車を指す。

細かい性能はこの記事で書いたところであまり有用ではないと思うので割愛するが、どの車種を選んでも航続距離300㎞は余裕で確保でき、価格もEVの補助金を利用すれば恐ろしいほど安く手に入る。

BYDの日本市場参入

BYDは2023年、充電インフラの整備も含めて最も品質や要求に厳しい日本市場についに参入する。日本市場の場合はよほど充電インフラが整備されない限りはそこまで爆発的な売上にならないことが想像できるが、日本在住のアジア系の人々や新しいモノ好き、性能重視派、一軒家住みのセカンドーカー需要を取り込むことで、それなりの販売台数は確保するだろう。

日本市場のBEV+PHEVの市場は日産サクラの軽EVの登場もあって、低空飛行ながら順調に右肩上がりとなっている。2022年のBEV+PHEVは年間10万台近く行く見込みである。日本市場ではガソリン車とハイブリッド車が年間約200万台程度である。EVはまだその約5%であるが、このペースなら2023年は少なくとも10%程度、年間20万台近くまで伸びる可能性がある。あとはリセッション次第か。

中国市場ではBYDはテスラのシェアを奪っているだけでなく、トヨタや日産の内燃車ニーズを奪っているとの噂も聞く。日本市場では、日本人のEV嫌いと中国嫌いが後退すればするほどBYDのシェアが上がっていくのだが、これに関してはBYDがいかに日本国内で充電インフラを整備できるかが勝負である。米中分断の影響から、テスラのスーパーチャージャー以上の整備を国や自治体が許してくれるとは思えないのが懸念材料である。

それと例えばスマートウォッチでは、ファーウェイやXiaomiの中華製スマートウォッチの性能の高さは目を見張るものがあるが、それでもApple Watchの圧倒的シェアの前には全く敵わない。あくまでもニッチだ。BYDのEVが日本市場で売れるかどうかはブランディング戦略に寄るところが大きいだろう。

BYDと組んだ日本企業「TMC」

TATEBAYASHI MOULDING(TMC、群馬県館林市)という金型メーカーがあるが、このTMCという会社はBYDが2010年に買収した「オギハラ」という会社が母体となっている。

自動車生産において大型のプレス機、金型は必要不可欠である。この金型技術では日本企業でも良い会社はある。ビーワイディージャパンの劉学亮社長は「TMCはBYDにとって欠かせない存在。高品質な金型があるからこそ、クルマができる」と語っており、オギハラはBYDが目を付けたキラリと光る中小企業だった。ただし、日本の金型業界はジリ貧のゾンビ状態であり、低コストばかりを要求するトヨタ以外でのビッグユーザー不在が激痛で、オギハラ自身も本体はタイの自動車部品大手Summit(サミット)の傘下に入っている。

果たして中国は日本の技術を奪っているのか、日本の大手企業のふがいなさ・自滅こそが技術流出を加速させているのか、本事例を見ればその本質が見えてくるような気がする。

(引用:日経XTech)

2023年の景気減速と未来予測

果たしてBYDは現在予想されているほどのとんとん拍子で進むのかどうか。全体相場としては景気減速によるEV減速も懸念されている。

2023年は各国の利上げによってリセッションが予想されている。需要が無ければいくら良いものを量産しようが売れる数には限りが出てくる。しかも現在は戦争が続いていたり、OPEC減産が続いているので原油価格が依然として高い。

EVバッテリー競争も熾烈で、リチウムを中心に資源価格も高騰している。簡単に言えば、化石燃料を起点としてすべてのものがインフレしている。

化石燃料価格が高ければ高インフレのままで、中銀は金融引き締めを継続する。仮に少し下がったとしてもBtoBメーカーはせっかく苦労して値上げを成功させたので、下げることはない。特に川中のメーカーは多少売上が下がったとしても値下げはしないだろう。

つまり、2023年はこのまま行くとインフレは継続し、特にCPIが高い米国金利が上昇の一途となる。利下げはあっても2023年末、このまま行くとその可能性も低そうである。

2023年の現時点では、世界経済がリセッションに突入するのか、リセッションせずにソフトランディングをし再び株価や景気が上昇するのかの瀬戸際である。未来は誰にも予測はできないが、敢えて現在見えている情報から読み解いて行きたいと思う。ここから先は筆者の妄想、1匹の蝶が見た夢なのかもしれないので、読者の皆さんはここでブラウザバックしていただいて構わない。

EVというのは本来は再エネがあってこそ光り輝く蓄電モビリティであるが、その再エネの整備というのは利上げによる設備投資の抑制であったり、化石燃料起因での部材価格高騰に弱い。

本来、化石燃料のサプライチェーンの出口用途として再エネ発電所の建設やEV生産があり、これらを一通り作り終えたらあとは自然からエネルギー原料(風や太陽光)を調達し、安いランニングコストで持続的に人類のエネルギー調達を自動化するというのが科学の進む方向性である。再エネは1度建設すればメンテ以外はランニングコストのみで、そしてそれはどの発電よりも安いというのが世界の常識になっている。(別記事参照)

子どもが夢中でやっているゲーム「マインクラフト」が非常に示唆に富んでいるのだが、人間というのは衣食住が自動化されることを望む生き物なのかもしれない。衣食住が自動化されればまた新たなる遊びを生み出し、将来に安心して消費活動や創造活動を行うようになる。タンス預金は減る。

スマホ普及の時、ガラケーの市場は崩壊したが、今度は新たにアプリやオンラインサロンやSNS、動画編集や広告、プライベートブランドなどの新市場が生み出され、世界のGDPは拡大したのである。これと同じで、再エネの普及やEVによる雇用の喪失は、主にデジタル空間での活動や多様化した個人への最適化・高付加価値ソリューションによって新たなる市場の創出、GDP拡大へと置き換わる可能性がある。

問題はその自動化装置を作り出すことなのだが、化石燃料のサプライチェーンで儲けてきた人々がこの自動化システムの構築を許すわけがないのである。だからこそ、2023年もOPECが原油減産をしたり、化石燃料サイドが戦争を起こして原油価格を高騰させるインセンティブが働く可能性が高い。科学の進展を止めるかの如く動く者も出てくる。

そもそも上記のエネルギー自動化に賛同する西側諸国よりも、化石燃料にぶらさがっている東側諸国や第三勢力の方が数は多い。社会がそう簡単にエネルギーシフトするかというのはなかなかに疑問であり、現にロシアはあのようなことになっている。大胆な予想をするのであれば、今度は中東辺りで戦争が起きるような気がしている。実際、中東情勢は複雑で対立が深まっている。

しかし、これをするとインフレが加速するし、中銀のますますの利上げで需要が潰れて世界経済が一旦クラッシュする。こうなると現在の各国、各企業の熾烈な競争は一旦は落ち着かざるを得なくなり、本当に消費者から受け入れられた企業だけしか残らない(BYDはもちろん残るだろう)。そしてその時は不景気で需要が縮小しているので原油価格も下がらざるを得ない。そしてそのタイミングになり、安い原油や部材価格を利用して、再エネやEVの設備投資が活発になるのである。結局進む方向は同じだ。

戦争が起こらないとすれば、現在のバッテリー生産・EV生産競争がそのまま進み、そうすると段々と化石燃料が要らなくなってくる。これにより、原油や天然ガスの価格が下がる。そのタイミングで焦った資源国家は原油価格を吊り上げるようなことをするかもしれないが、その時はもう手遅れであり、エネルギーシフトの潮流は止めようがない。とは言え、電池生産はこれからが本番という段階であるから、来年いきなり原油需要の低下、原油価格下落に反映されるとは考えにくい。コバルトフリーのLFPバッテリーは昨年頃から本格的に採用され始めたことからも、エネルギーシフトを実現するほどの数が広く普及するかというとまだだろう。

Bloombergのバッテリー貯蔵量の予測を見ても、来年の再エネ蓄電システムの構築がインフレを低下させる要因にはならないと思われる。

したがって話は戻るが、2023年はインフレが高止まりし、中銀が利下げすることなく金融引き締めでひたすらに需要が潰され、場合によっては中東辺りで新たなる戦争が勃発、化石燃料価格が下がることなくインフレ続行。こうなると特に米国株ほど浮上するのは難しく、米国覇権の後退が加速するだろう。特に今の流れだと、コロナ緩和マネーの織り込み分が抜け切るまではどの国の株式も触り辛い。

そして最後にようやく本題に戻り、2023年以降もBYDは安定的と予想する。仮にリセッションがあろうとも中国市場でのシェアが高く勢いもあり、政府の後押しもあるので販売台数が増えることはほぼ確実(株価に反映されるかは不明)。問題はそこに紐づく日本経済なのだが、こればかりは米中経済を両方読み切る必要があるので、今回の記事では割愛としておきたい。


1/3追記:BYD業績

  • NEV(プラグインハイブリッド+完全電気自動車+水素燃料電池車)

  • PV(PHEV+BEV)

というわけで2022年のPV販売台数は180万台であり、超絶圧倒的な数字である。来年は400万台を目指すとしているが、テスラをも凌駕する圧倒的勢いのNo.1EVメーカーと言わざるを得なくなる。


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