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誰もがクリエイティビティを発揮するには?神経科学のパイオニア・青砥瑞人氏と考える、創造性の育て方【Meeteligence セミナーレポート】

世界のオフィスは、COVID-19で進化した。日本でもその役割や価値は見直され、「ワークエクスペリエンス」の高め方が注目される。

「“はたらく”に歓びを」をビジョンに掲げるリコーも、その向上を目的に、実践型研究所「RICOH 3L」の開設や、創造的な会議空間「RICOH PRISM」の開発なども試みてきた。

次世代の「オフィス」や「働き方」は、どのようにデザインされていくのだろうか?

そうした問いから始動したプロジェクト「Meeteligence」。さまざまな有識者と対話し、COVID-19以降の「会う」が創造性や知性に与える影響を探る。

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コクヨ株式会社のワークスタイル研究所所長・山下正太郎氏を招いた初回 に続き、第2弾では応用神経科学のパイオニアであり、世界最先端の神経科学をベースに人間理解を試みる株式会社DAncing Einstein代表の青砥瑞人氏をゲストに迎えた。

リコーからはRICOH PRISM開発担当の村田晴紀が参加し、モデレーターは&Co代表取締役/Tokyo Work Design Weekオーガナイザーの横石崇氏が務めた。企画したオンラインセミナーから、その議論をレポートする。

脳の“テンション”を高めて創造性を刺激する空間設計

村田がRICOH PRISMを手掛けたきっかけは、今後の人間に求められる能力はクリエイティビティなのではないか、と考えたことだった。RICOH PRISM誕生の経緯については、以下のインタビューに詳しい。

その仮説をもとにRICOH PRISMでは、音や香りなどの五感に訴えかける演出、触覚によって空間と人をつなぐ独自デバイスなど、人間が「創造性」を発揮する仕掛けを用意している。RICOH PRISMを体験した青砥氏は、これらの仕掛けが脳にどのように作用するのかを解説した。

青砥氏「脳の“テンション”が上がる仕掛けがたくさん用意されていましたね。デバイスの触り心地だったり、ノリの良い音楽が流れていたり。脳が心地よくなると、集中力や記憶定着効率を高める物質を後押しするβ-エンドルフィンが出やすくなるので、脳のパフォーマンスが上がります」

村田「クリエイティビティを発揮しやすくするためには、アイデアを発言しやすい状態をつくることが重要だと考えています。アイデアを持っている人が話しやすくなり、聞く人がアイデアを受け入れやすい状態をいかにつくれるか、演出に工夫を凝らしているんです」

今後の開発を進める上で、村田は青砥氏に相談したいこととして「休憩の設計」を挙げた。続けて作業をしていると、集中が途切れてしまうタイミングが訪れるものだ。RICOH PRISMでも休憩の入れ方によって、さらに圧縮された集中の時間をつくることが可能なのだろうか。

青砥氏「今回はRICOH PRISMを短い時間で体験して、ずっと脳を使っているモードでしたが、今後はその緩急の設計が重要になりそうですね。脳の機能でいうと、なんとなしに全体を見たり単調な作業をしたりしているときに、急にアイデアが思い浮かぶことがあります。うまく脳の力を抜いた状態だからこそできる情報処理があるので、そういうモーメントをデザインすると、クリエイティビティの引き出しが変わる可能性があると思いました」

誰もが持つクリエイティビティを育てる方法は「使うこと」

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今回のディスカッションのテーマは、「『会う』は、クリエイティビティを高められるか」。青砥氏は「神経科学から見るクリエイティビティと、一般的に言われているクリエイティビティには乖離があるように感じる」と言う。

青砥氏「クリエイティビティというと一部の天才しか発揮できないように語られることがありますが、神経科学の視点からいえば、クリエイティブブレーンは誰もが持っているものです。ただ、脳においては機能を使っていれば育まれて、使わないと失われていきます。クリエイティブブレーンを育むために重要なことは、クリエイティブブレーンを使うことです」

では、クリエイティブブレーンが育まれるのはどんな瞬間か。それは「自分にとって新しい価値を生み出しているとき」だと青砥氏は語る。その営みの延長で、他者や社会にも新しい価値を生み出す可能性もあるのだ。

しかし当人にとっては新しい価値であっても、周囲からは価値だと受け取られなければ、ネガティブなフィードバックがかかりやすい。他者からの評価によって「自分はクリエイティビティを発揮できない」とモチベーションが下がる恐れがある。

青砥氏「もし新しいアイデアが生まれる喜びを自分だけでは感じにくければ、クリエイティビティを発揮したその瞬間にポジティブなフィードバックが返ってくる体験を提供するといいでしょう。脳は後天的に学習するので、クリエイティビティの発揮に喜びを感じる脳に変えていけます」

村田「これは希望のある話ですね。RICOH PRISMでポジティブなフィードバックを提供し、よりクリエイティビティを発揮したくなる仕掛けを増やしていこうと思います」

脳の「引き出し口」を刺激するきっかけは「会う」こと

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フィードバックの内容でクリエイティビティに影響があるならば、反応速度が高まる対面環境ならではの効果も望めるのだろうか。

青砥氏「小さな画面から受け取る視覚情報と、実際に対面した環境で味わえる情報って、全く別物ですよね。情報が違えば、脳の反応も当然変わってきます。さらにリモートワークによって場所が固定化されると、脳のバイアスを生み出しやすくなるので、発想の引き出しを狭める可能性があるんです」

青砥氏はコロナ禍を機に千葉と東京の2拠点居住を始めたという。環境の変化によって青砥氏が求めたのは、「空間的な遷移によって、脳に変化を与えること」だった。

青砥氏「これからは、その場所でないと味わえないような環境であればあるほど、実際に行く価値は間違いなく高まってくると思うんですね。例えば企業も、企業だからこそつくれる環境があるはずです。生身の人間どうしが会うこと、対面でちょっとした雑談が生まれて話が広がっていくこと、こういう要素は間違いなくオフィスに行く価値になると思います」

例として話題に挙がったのは、RICOH PRISMのブレインストーミング体験「Brain Wall」だ。まずは個人で集中してアイデアを出し、その後チームでアイデアを共有していく。

青砥氏「発想フェーズでは、個人で集中しつつも隣の人が話しているアイデアが聞こえてくるので、『聞こえてくるアイデアを活かしてみよう』という脳の動きになりました。ああいう偶発性や即興性が広がる環境は、空間を共有しているからこそ可能な体験ですね」

青砥氏の発言に深く同意した村田も、対面したからこそ受け取れる情報量が膨大にあると考えている。

村田「人と人が対面で会って、自分のやっていることに共感してもらえたり理解度をすり合わせていく作業が生まれたりすることは、創造性を発揮する上ですごく重要だと思います」

青砥氏「対面環境だと、必死に相手に伝えようとするときに多様な引き出し口を使います。実は書くとき、読むとき、話すときでは、脳は異なる部分を使っているんです。Brain Wallでは、一人で考える時間とディスカッションする時間の両方があったので、脳の違う部分を次々に使って刺激されましたね」

企業が個人のクリエイティビティに寄り添えるか

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企業は個人のクリエイティビティの発揮をどのように促し、どのように育てていけるのだろうか。今後求められていく役割についてのディスカッションでは、青砥氏がクリエイティビティの発揮に影響しやすい「フィードバック」について言及した。

青砥氏「クリエイティビティの基準が『他者のため』ではなく『自分にとって新しいかどうか』であることを、個人も企業も意識したほうがいいと思います。つまりフィードバックの基準は、『アイデアを出した当人にとって新しさがあったのかどうか』です」

他者からの評価は、クリエイティビティを育てる上で障壁になりやすい。だからといって出されたアイデアを評価しないのではなく、新しさの基準を当人に置いてフィードバックする。アイデアを出した当人にとってクリエイティビティの発揮になっていたのかどうか、声を掛け合えるチームがあれば、企業が発揮できる価値は高まるだろう。

青砥氏「『本人にとって新しいかどうか』を周りがフィードバックできると、企業が一個人のクリエイティビティに寄り添って新たな役割を発揮する可能性があると思います」

チームだけでなく、クリエイティビティが発揮されやすい社内環境づくりも欠かせない。当人はアイデアを出すために業務時間中に昼寝や料理を取り入れているつもりでも、周囲がその行動を許さなければ、個人が企業で新しい価値を提案することは難しくなるだろう。

村田「一人ひとりに適した環境づくりを社内で認められる余裕が必要ですね。企業が生産性だけを追求してきた状態から変化している今、利益は追求しながらもクリエイティビティを発揮できる余裕を生み出していくバランス設計が重要なのではないでしょうか」

横石氏「まさにそうですよね。クリエイティビティの発揮を認められる企業文化は、まだまだ整っているとは言えません。もっと社会的にクリエイティビティの発揮が認められるように、我々がやれることはあると実感しました」

ディスカッションの後はイベント参加者からの質問が止まらず、温度の高い議論を経て、最後はあらためて「会うことの可能性」の話で締めくくられた。

村田「会うことはエンターテインメントだと言えると思います。楽しむことでクリエイティビティが発揮されるように、今後はより良い『会い方』の設計を考えていきたいです」

急速にリモートワークの導入が進んだからこそ、その反動として「出勤したほうが仕事しやすい」という声も高まっている。対面環境において発揮されるポジティブな影響を取り入れながら、企業にしかない価値を発揮できる仕事環境づくりが求められていくだろう。

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文/菊池百合子、編集/長谷川賢人、写真/小沢朋範 、企画/NewsPicks NextCulture Studio

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