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動機の崩壊
執着という煩悩
嘘だろ。いつもここにあるのに。いつもここにあるものが今日もあるとは限らないってか。当たり前だと思ってたから確認なんてしなかった。ああそうか。昨日使ったカバンの中だ。そっちに移して、戻し忘れたんだ。
じゃあなぜ俺は今ここにいる。あれがないなら俺はここにいる意味なんてないんだ。俺はあれのためにここに来たのだから。
今からでも引き返せるかな。いや、まてそれはないだろ。もう、顔も見られている。
「お客様。ホットティーとホットサンドのモーニングセット。サイズアップで合計640円でございます。」
「はい。電子マネーで。」
痛い。痛い。痛い。お腹が痛い。いや、心が痛い。
今日はカフェのクーポン券を使うために意気揚々とここへ来た。クーポン券の条件である最低使用金額をクリアするために欲しくもないサイズアップの有料オプションも追加したのに。クーポン券がないならサイズアップとか全然しなくてよかったもん。普通のサイズで十分だから。手出し12円のつもりが640円って何倍ですか。53.3333倍。ハイパーインフレーション。カートに札束積んでパン一つ買いに行きます。空腹がなんとか俺を引き留めた。
「おいおい。帰ろうって?もう商品が目の前にあるぜ。それは今更できない相談だ。それになにより空腹だろ。どうせどっかで何か食べなくちゃってなるさ。いいよ。今回の買い物は無駄じゃない。せっかくだ。ゆっくりしていけよ。」
スマホ決算が主流になって財布を忘れることが格段に増えた。しかしクーポン券や診察券はまだまだ現物で配布されることが多く、必要な時に出てこない。紙のクーポン券を電子版として保存できるサービスがあればいいのにな。
最近ではライブなどのチケットは配信用とか、来場用とか、併用チケットという形で売られているみたいだし。
それにしても悲しいのは得できなかった金額を損金と計上して計算してしまうこの性格だ。そして何度もその数字を目でなぞる。頭を抱えてまた目でなぞる。600円ごときにこの儀式を5回ほど繰り返した。金額以上に何かを損している気がする。
まあいいや。そんな日もあるさと気にしない考え方もあるはずだ。
必要なものにお金を出すのは厭わないが、納得のいかない支出への執着がすごい。
いつも使わない金額を支払うために買ったホットサンドはとてもおいしかった。血糖が上がり空腹が姿を消すころすっかり気分はよくなっていた。しかし、一晩寝て起きて最初に思い出したことが昨日のこの記憶とはまったく。
財布をカバンに入れ替えなくちゃ。
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