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18 「鯉を見ていると心が落ち着く」と言った少年 

正門を入ってすぐのところに池があり、鯉が数匹泳いでいました。かつては1匹しかいなかったのですが、ひと月ほど前に近所に住む人が立派な鯉を数匹寄付してくれました。池はとてもにぎやかになりました。事務職の小山さんが毎日えさをやっているので、鯉は小山さんが近づくだけで寄ってきます。登下校時に鯉を眺める生徒も多いようです。「鯉を見ていると心が落ち着く」と言っている男子生徒がいました。私も池の前を通りながら鯉を眺めるのが好きでした。

数日後、何匹かが死んでしまいました。池が寂しくなり残念に思っていたところ、「鯉を見ていると心が落ち着く」と言った生徒が隣町のお祭りで買ったという小さな鯉を持ってきました。鯉は池に放たれました。よそ者が入ってきたというので他の鯉にいじめられるのではないかと私は心配しましたが、新参者の鯉は他の鯉たちと仲良く過ごし始めました。鯉を持ってきてくれた生徒がそのいきさつを班ノートに書いてくれました。以下がその文面です。

「今日ぼくは祭りで釣った鯉を学校の池に放した。鯉は池に入って嬉しいみたいですいすい泳ぎ回っていた。どうやって釣ったかというと、『鯉づり』と書いた看板の店で釣り上げたのだ。釣れた時は嬉しかったが、電車で帰ることを思い出し鯉は店に返そうかと思った。その時ふと学校の鯉が少なくなっていることを思い出した。僕は鯉を持って帰ることにした。
 持って帰るのは簡単ではなかった。人ごみの中を通るとき、満員電車の中で人に押されたとき、自転車に乗っているときは特に大変だったが、学校で鯉を放したときはその苦労が喜びに変わった。池の鯉が一匹増えたと思うとすごく嬉しかった。本当のことを言うと、僕は毎朝あの池を覗いて鯉を見るのが好きだったのだ。
 あの鯉には来年、再来年、僕たちが卒業したあともず~っと生きていてもらいたい。もし生きていたら覗きに来たいと思う。その時にはすご~く大きくなっているかなぁ」

彼の温かさが伝わってきて何だか心がほっこりしました。


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