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酔いどれ文庫 【融点】


【 融点 】

マンモス団地の給水塔は氷室になっている。
冬になると、がらんどうの塔に雪を詰めるのが氏子総代の仕事だ。
寒の入りから大寒までせっせと詰める…夜明けのスコップは鳥よりも早く響く。
僕は集会所の炊事場で餅(正月の売れ残り)を焼いてお汁粉を作った。
15時になると米屋の娘が砂糖をたっぷり入れたお汁粉をすする…彼女は2杯目に塩をひとつまみかけて美味そうに平らげると、ダルマストーブの炎をぼんやりながめた。

「風も無いのに揺れるんだ」

「灯油の残りを気にしてるんだよ」

外に出ると市営の払い下げバスが暖機運転していた。
僕らが乗り込みドライバーが鏡ごしにこちらを確認するとドアを閉めた。

「相変わらず無愛想だね」

「アンドロイドだから?」

僕は愛想笑いするアンドロイドを見たことがある…ただチップを倍弾んだときだった。
大寒から啓蟄までの間、僕らは冬眠する

「冬のヴァカンスだね」

「程のいい口減らしじゃない?」

電光掲示板は回送と表示していた…
僕は気の利いた言葉を探したけどやめた。

バスが走るとタイヤチェーンが鳴った。逆光の月に浮かぶ給水塔にコピーロボが待っていた。

「よお、留守番頼むよ」

「まあ、うまいことやっといて」

2体のコピーロボは鉄扉を開けてくれた。
バスはグッゲンハイムみたいな道を上がりきると下がる…これを繰り返しアイスクリームみたいに僕らは冷えていく。

小さな点検窓に見える雪は上下左右にふり続きコピーロボが手を振った。
バスが氷室の底に到着すると運転手が制帽を鼻まで下ろして眠りについた。

「アンドロイドは夢を見る?」

「さぁ…お汁粉もう一杯たべたかったな」

「へぇ…」

僕はバス酔いでそれどころではなかった。
だんだんと視界が暗くなり青白いフラッシュを浴びると僕らは眠りについた。

彼女は一粒の種を植えた鉢を抱えていた
種が芽吹いて【つぎとまります】ボタンに触れるとバスが再起動する…
あと、運転手の肩をたたかないと。

        おしまい

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