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酔いどれ文庫 【金木犀】

【 金木犀 】

このまちには街灯が無い。
ふしまち月にも愛想をつかされた時分には地図の座標に記された金木犀の匂いだけが頼りだ。
マンモス団地の商店街にある米屋の娘が月見を企て僕は人足として駆り出された…
米屋の配達をしていた僕は滞納していた家賃を親方から前借りしていた。

「この地図は少し狂ってるんじゃないか」

あてにしていた金木犀の匂いがしない。
あとから知った事だが区画整理が進んだ公団は何ヶ所か更地になっていた。
残された匂いと給水塔の影を結んで到着したのは数十年前に枯れた噴水広場だった。

「ルルドの泉も枯れる時間ですよ」

「白夜なら間に合ったかな」

米屋の娘はイヤミが挨拶だった。
彼女が乗ってきた配達用の自転車には寿司桶とナップザックがあった。
給水塔のてっぺんまで階段人足を終えると彼女が店を開いた。

少し汗をかいた喉には真っ白な塩むすびと魔法瓶の味噌汁は格別だった。
ナスの漬物でカップ酒を煽ったが彼女は下戸なので残りの塩むすびを丁寧に食べていた。
僕らは月光と匂いが届かない給水塔からまっくらやみを眺めた。

棟と棟の隙間から溢れる朝日は針穴を通すようだった。

僕は彼女を乗せて団地の商店街へ走った。

「前借りの利子くらいは稼いだかな」

「さっきのメシ代くらいね」

家路へむかい区画整理の辻を曲がるとあるはずもない匂いがした。

「あっ」

彼女のイタズラかポケットには金木犀の花が入っていた。

        おしまい



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