短編小説と近況報告

「メッセージボトル」

同期、部下、上司ら十数名でのキャンプの帰り、高速道路。俺の隣では二つ上の杉原さんが運転している。後部座席には同期が一人、部下が二人乗っている。ナビには解散場所まで一時間半と表示されている。俺はガムを口に放り込み、眠気と戦う。杉原さんが運転してくれているのに、俺が寝たら会話相手がいなくなってしまう。後ろで熟睡する三人を羨望の眼差しで見ていると
「ちょっと、寄りたい所があるんだ」と杉原さん。
「良いですよ、サービスエリアですか?」
「いや、高速を降りるんだ。良いか?」
「構わないですよ」どこであれ、気分転換をして眠気を忘れたかった。

水面の凹凸がオレンジ色に輝きながら、揺れている。
「綺麗だ」俺の声は、「良いな」という杉原さんの声と被った。夕日が沈む海、それを見ているのは俺ら二人だけだ。
「起きてくれてたお前だけにご褒美だ」と杉原さんは笑った。
斜陽を反射させるそれは、ゆっくりとこちらにやってきていた。波に押され、かと思えば戻され、また押され。
「なんですかね、あれ?」俺は聞くが、眼鏡を外した杉原さんは素っ頓狂な声を出す。
砂浜に打ち上げられたものはワインボトルだった。不法投棄かよ、と舌打ちをして持ち上げる。蓋はコルクで塞がれており、中には紙が入っている。俺も十年ぐらい前に似たようなものを海に流したことがあった。あれはまだ大学生の頃、当時の恋人に唆されてやってみたんだ。
「お、メッセージボトルか」振り向くとニヤニヤした杉原さんがいる。「開けてみろよ」
鈍く湿った音を出して開けられたコルク。指を出来る限り突っ込んで取り出した手紙。それを開けると同時に俺の時間は止まる。そして一気に大学時代へと戻された。はしゃぐ彼女、紙に絵の具を垂らし、折る。乾かぬ内にまた垂らす。まだらにできた模様を「世界に一つだけだ」とカラフルな指で差したあの日。

俺が放ったものだった。
「何が書いてあるんだ?」上司の声が聞こえるが、俺の時間は動かない。横で読み上げる声がうっすらと遠くで聞こえる中、俺は彼女と二人で文章を考えている。


近況報告

僕は来月から社会人になると同時に、一人暮らしを始めます。とは言いつつもずっとではなく、1ヶ月限定ですが。なんとかなるだろうとは思いつつも、不安が薄暗く影を落としています。
大学を卒業し、お金を払う側から受け取る側になるので、求められることもそれなりにレベルの高いものになるのでしょう。
「働くことは嫌だな」「大学生で居続けたい」という声を周りでちらほら聞きます。僕はその都度ぼんやりと同調します。ですが実際はあまりそんなことは思っておらず、新しい経験が少し楽しみでもあります。

社会人の知り合い何人かに「卒業おめでとう」という言葉を貰いましたが、その後には「社会に出てからは苦労することも多いと思いますが」と続きます。異口同音のその様子は、これから飛び出す社会をそのまま映し出しているようにも感じます。
「大学生生活は夏休みのよう」と聞いたことがあります。同意も否定もしませんが、「社会人生活とは全然違う」という思いを裏に込めた言葉でしょう。

話は変わり、僕は色んなことに興味を持ちます。良く言えば「好奇心旺盛」、悪く言えば「周りに流される」。高校生の時は世界史に興味を持っていましたが、大学生になりドイツ文学およびペシミズム、ニヒリズムに傾倒していきます。今やドイツ文学などへの熱も冷め、振り返って見ると、高校生の自分をどこかに置いてきてしまったようで、どこか寂しくもあります。
それと同時に、いつかドイツ文学たちは本棚から出されなくなる日が来てしまうのか、と懸念しています。

もちろん幼少期から変わらないものもあり、それは創作活動です。幼い頃からずっと絵を描き続け、今や文字という手段も身に付けました。過去には作曲や動画編集も試みましたが、肌に合わずすぐにやめてしまいました。
おそらく今後、新たな創作手段を見つけ、やってみることでしょう。ですが絵や文字を忘れることはありません。それらには表現欲という根源的なものが密接に絡みついています。また創作は不安定になった精神を回復させるためのものでもあります。なので人生において必要不可欠なものなのです。

まとめると、変わることも変わらないこともある、ということです。当たり前っちゃ当たり前ですが、改めて確認しないと寂しがる過去の自分を落ち着けることが出来ません。「見た目は違えど心は同じ」と慰めることで僕は安心します。

話は戻り、来月には新しい場所や活動が待っています。それは残酷なまでに着々と近づいています。いつか過去を忘れ、現在に没頭するでしょう。過去を忘れている事すら忘れてしまうかもしれません。でも安心してほしい。時間は鎖のように繋がっています。まるで幸福と絶望が互いに結びついているように、過去と現在もかならず繋がっています。
心配になる未来の自分に、過去の自分がメッセージを送ります。


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