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「メガネ越しの月」

 私は夜が大嫌いだ。だがまた今日も夜は姿を現した。これで何度目の夜だろうか。数える気にもならなかった。
 私が夜を嫌う理由、それは夜になると得体の知れないような漠然とした不安が私のことを押し潰そうとしてくるためであった。私以外からすればただそんな事だけで悩んでいるのかと思うかも知れない。私自身もこんな事で1人悩んでいるのはどうかと思う時がある。だが、この私に迫ってくる漠然とした不安は私にとって大きなものだった。私は今すぐにでもこの夜を寝て忘れ去りたいと毎日考える。だがこの漠然とした不安のせいで寝れず、ただ朝が来るまで待つだけであった。私は黒ぶちのメガネを指で押さえた。
 私は幼い頃から目が悪く、メガネをいつも掛けていた。それと同時にこの頃から夜は不安で苦しく大嫌いであった。そのため、一人では寝も寝られず家族と一緒に寝ていた。だが今の私には家族もいない、一人っきりであった。こんな思い出に浸っている内に時計は針を進めていた。私はふと月に目をやった。今夜はシルバーグレイの淡い光を放っていた。私はまたメガネを直し、月を眺めた。
どれだけの時が経っただろうか。何となしに部屋の中にある暦を眺めた。今夜はどうやら満月らしい。ついさっきは眺めてもそんな事なんか気付かず考えもしなかった。
 私はメガネを外し、再び月へ目をやった。月はさっき私が目にした時と違う顔をしていたのであった。それは淡黄色でぼけやていた。だが優しく、大きく、温かい光を放っていた。私は初めてこのような表情の月を目にした。まるで私の嫌いな夜に付き添ってくれるかのような優しさだった。この夜を嫌う憐れな私を優しく包み込んでくれたかのように感じた。ここには安心と温もりがあった。私は安心したからか、段々と目蓋が重くなっていくのを感じた。「よく眠れそうだ、今日はもう寝よう」私はそう呟いた。今夜、私はこの満月と共に朝を迎えることにした。この日初めて私は嫌いな夜を少しだけ好きになれた気がした。

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