共感ベースで読む・囀る鳥は羽ばたかない(56話)-感情を押し殺していたのはどっち

*55話までを読んでいて


「漂えど沈ます、されど鳴きもせず」
まさにこのタイトルのように、4年間漂うような生き方をして己の感情の置き所を見つけられないまま、つかみどころのなかった矢代。
百目鬼と再会した後は、百目鬼にも自分にもただひたすらにずーーーっと怒りを持ち続けていて、それだけでもなんだかすごい変化だな、と思っていた。

矢代に救われて、矢代のために生きると誓った百目鬼。矢代のそばで生きるためだけに、これまでどれほどの泥水をすすってきたのだろうか。
百目鬼には、かつてためらいもなく小指を切断したことだけでなく、現在の背中への刺青・顔の傷・桜一家内での立ち回りからも、矢代へのどこか狂気じみた執念と愛情を感じていた。
ただ百目鬼は、自分が矢代の心に深く住み着いているとは思いもせず、知る術もないので、”矢代と再会した暁には、過去を繰り返さない・同じ轍だけは踏んでたまるか”と、あらかじめ準備していた立ち振る舞いひたすらに演じ通しているように見えた。

*百目鬼がなりかったものは矢代の何だろう?


七原と話をした病院の屋上で「自分の愛は矢代を傷つける」ことに気づいたとするのなら、56話の「ただやりたいだけです。それ以外にはありません(愛はさておき抱きたいから抱くだけ、だから安心して、もうあなたを傷つけません)」という言葉には繋がる。
精一杯愛情をぶつけた人が自分の腕の中で泣いて、その理由を探すヒントは七原の言葉だけ、という状況からすれば、それでもおかしくはないし、どんな形でもいいから矢代のそばにいるっていう執念を最優先して、そこは演じ切ったのか。
でも、本当にこの景色しか見えていなかったのだろうか?
本当は、矢代の何かになりたいんじゃないのかな。
本当は、矢代にわかってほしいんじゃないのかな。

*「俺にに興味があるなんて意外です」


56話、怒涛の表情合戦の中でも、この百目鬼の表情にはかなりグッとくるものがあった。
矢代から想われなくてもそばにいるだけでいい、そばにい続ける手段だけを考え続けてきた百目鬼の、ほんの一瞬の心の揺らぎ。
少し嬉しくても、喜べもせず期待もできない、諦めと怒りが混じったような表情。
「仕方なく俺の性欲処理してただけだろ」っていう矢代の返しにも、本当のことは言わずに相性の話に乗っかっていく…

*「酷いの好きでしたよね」「…好きだよ」


矢代のトラウマは大きくは2つあって、それは幼少期のことと、百目鬼から愛情たっぷりに抱かれてしまったこと。
矢代は、積み重なりに重なった2つの呪いの渦の中で月日を過ごしていて、それが心の準備もなく百目鬼に再会してしまってからというもの、ずっと気持ちの嚙み合わない日々があった。
百目鬼の無神経な言葉を、少し感情的に、率直に咎めようとして、ようやく嚙み合わせに向かえるのかと思った矢先に降りかかった悪魔のような言葉。こんなにつらい言葉ってある???
いつものように軽口的に・雑に発するわけじゃなくて、まっすぐな眼差しで聞いてくる百目鬼にも驚いた。
百目鬼自身も、本当にこの路線でいいのか答え合わせをしたかったんだろうけれど(同じ轍を踏まないために)、それを踏まえてもこの言葉だけは本当に選んではいけなかったと思った。
だって、こんなに複雑に、歪んで泣きそうに笑う矢代の顔、初めてみたよ。

*「これ、何のセックス…?」


最初、この言葉を一連の流れの中で読んだときは、乙女矢代の”好きでもないのに抱かないでよ”モードの一環という印象を受けたけれど(たぶんそれもある)、それだけじゃなく「酷いのが好き」と答えたのに、酷くするどころかあの日のセックスを彷彿とさせる愛情が乗っかった行為ばかり出てくることに、純粋に戸惑ったのかもしれないと気付いた。
そうだとすると、もう二度と愛情を押し付けないと誓っている百目鬼は、愛情を悟られないために、「ただやりたいだけです、それ以外にはありません」という言葉を出さざるを得なかったのかもしれない。
でも、それで良かったのか。
矢代を逃がさないため”にずる賢く立ち回った代償は、それなりにありそうと思った。

*どこまでいけば二人は交わりますか?


あと何が必要なんだろう。
矢代が果実を取りに行くために何が起こればいいのか。
百目鬼が路線変更をするためには何が起こればいいのか。

百目鬼の心は常にセックスの内容に表れている(わかりやすい男)んだけど、矢代はわかりにくい男なので…ってそれ百目鬼知ってるよね。
ただ、4年前に捨てられた時には、自分が矢代を分かった気でいることは傲慢だ、とすら思っただろうし、その記憶を払拭してまで、これから勇気を出して踏み込んで矢代をこじ開けていけるかどうか。
自分にしか感じない、っていう事実だけじゃ弱かったことが痛い。
今の矢代は、百目鬼への想いを自覚している。でも今の百目鬼に愛されているという自信が無い。この先の百目鬼に何があれば、矢代は果実をもぎ取りに行けるだろうか。

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