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笑う君へ 第四話 「追憶」 〜後編〜

そうして始まった試合

彼の独壇場だった

キレが増したドライブに味方と息の合ったパスワーク、高精度のシュート

チーム全体が活性化し、彼の声に姿にプレーに、

会場がわき、さらに躍動する

ポロポロと零れる涙を気にも留めず、ただ彼を追う

恋は盲目なんてよく言ったもので、

笑顔も真剣な顔も何もかもが目に焼き付く

終わってみれば下馬評を完全に覆す20点差の大勝

コートを去る時に私を見てウインクしてくれた


〜〜〜〜〜


外は夏真っ盛り

先ほども会場内に救急車が入っていった

熱い日差しを全身で浴びながら私はある人を待っている

日本のダイヤ、ある意味で完璧な表現ながら、まだまだ幼さも残る彼

さっきの試合を、その前の会話を思い出しながら暑さを払いのける

そういえば、可愛いって...(*°˘°*)

急に熱を帯びる体

期待してもいいのかな...(´,,•ω•,,)

単純な私は一人舞い上がる心とともに、じっと待つ


〜〜〜〜〜



そろそろかな...(´・_・`)

もう試合が終わって1時間以上経っている

さらに30分、それでもまだ来ない

忘れられているわけなんてないと思っている

そうなら試合後にウインクなんてしてこない

それでも無情に過ぎていく時間

彼の2試合目が始まる時間になっていた

観覧席に駆け上がると、私が探している姿はなかった

コート上だけでなく、ベンチ、応援席、どこを見てもいない

どこか慌ただしさ漂う

その試合、彼のチームはなんの良さもなく、大敗した

試合中、私の耳に入ってきたのは彼が倒れて病院に搬送されたという話

家に帰ってからも放心状態でしばらくの間何も手につかなかった


〜〜〜〜〜

僕はベットの上で目覚める

なんでも、試合後ロッカールームで急に倒れたらしい

その日の朝ご飯は覚えているが、

会場についたあたりからの記憶がなくなった

病院とはなんとも暇なもので記憶のない試合を見ていて目を疑う

そこに映る自分は夏前のプレースタイルで当時を遥かに上回るプレーを見せていた

顧問やチームメイトに聞いたところ、

なんでも、試合前に女の子と会っていたらしい

耳を疑うような話だが、久しぶりに笑顔で帰ってきて、

靴紐も交換したとのこと

もう東京に戻っている自分がそれだけの手掛かりで人探しなどできず

そこでチームメイトに言われたのは

今度の世界大会で優勝してインタビューで言えば気づく

とのこと

随分と子供らしい発想だと一瞬馬鹿にしたが、ほかの案は何も思いつかない

代表召集の話は顧問にもう来ていたので、親と病院の先生に、

次倒れたらすぐに代表を辞めることを条件にお願いをした


〜〜〜〜〜

結果、スペインで行われた世界大会で優勝し、自分はMVPまで獲得した

眠れない夜はずっと孤独だったが、必死に耐えた

代表のメンバーにも話をして、頭を下げたらみんな納得してくれた

ただ勝つために練習と試合を続け、一日の15時間をバスケに注いだ

睡眠は途切れながら合計で3時間、バスケをしていない時は意識朦朧

気づけば目はほぼ開かず、クマは濃く、体重は5kg以上減っていた

MVP賞金は何に使いたいかと聞かれ、今がそのタイミングだと思った


○:今、一人の女性を探しています

  私の片方の靴紐を交換してくださった方です

  私はその方を覚えていません

  学校や年齢はおろか、顔も名前も分からないのです

  それでもその人に会いたい

  あの日会わなければこんなに頑張れていなかったと思います

  まだ、どうやって情報を集めるか決めていませんが、

  帰国した際にはもう少し具体的に話せるかと思います

  その資金にしたいです



このインタビューは現地夕方行われた

その後、久しぶりに長く寝ることができた


〜〜〜〜〜

私は、彼と会った日、彼が倒れた日から時間が経ち、立ち直りかけていた

親の心配も薄れ、塾の成績もどうにか上がり始めた

8月も終わりに近づいたころ、世界大会が始まっていた

そういえばと思い、ハイライトを見て驚いた

彼が試合に出場していた

苦しそうなプレーに逆戻りしていたが、

足元には左右で色が違う靴紐のバッシュがあった

最初はうれしかった、彼の姿を見れることが

それでも悲しかった、助けるといいながら表情も体調も悪くなっているから

それでも、彼の残す数字は外国選手と比べてもダントツだった

次の日から早朝に起き、ネットのライブ中継を見ていた

隣には彼の靴紐を通した自分のバッシュ

祈らないでも彼のプレーにミスはない、祈るのはただ彼の無事

スペイン戦では悪質なファウルで足首をねん挫

決勝のアメリカ戦ではフル出場

満身創痍ながらどうにかトーナメントを駆け抜け優勝した

その後のインタビューは驚きと希望を私にくれた

私の記憶がない、それは悲しいが、私を探してくれている

朝から上機嫌な私を両親も弟も変な目で見ていたが、

そのまま足取り軽く塾へ向かう


〜〜〜〜〜

スペイン 6時

すっきりと目が覚め、宿舎の庭を散歩しているとコーチが血相を変え飛んできた


コ:ちょっと来い



嫌な予感がしながらも、後に続きコーチ部屋に入る

そこには大人たちが集まっていた

見せられたのはSNSのある投稿

「大野○○に性的な嫌がらせをうけた」

という内容で指紋付きのシャツもあると書かれている

その場に崩れ落ち、空っぽの腹から胃液だけが逆流してくる

そして、意識のブレーカーが落ちた

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