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最期のオセロ・ゲーム(戯曲)

【時代と場所・時間】
2020年、春うららかな夕方。
のんびりとした片田舎の、とある小規模な、廃院が間近い私立精神内科病院。
その軽症患者用の、殺風景な面接談話室兼慰安娯楽室にて。
なんとなく曖昧で中途半端。それらしく不思議な、無味無臭な感覚の、そんないい加減な感じの、舞台空間の設定。

【登場人物】
白石・男30歳(入院患者)
黒石・男55歳(死亡時)
看護師女A・亡き愛子(30歳)の化身
監視員男B・病院職員(65歳)
進行ナレーションC・男性の声
独白ナレーションD・白石の声
説明ナレーションE・亡き愛子の声

【舞台設営装置】
患者慰安室は家族との私的な相談室でもあり、来院面談客の応接室でもある。
しかし患者の発作的衝動による自害事故の危険を避けるため、高い位置に小さな格子窓がある。
コンクリート打ちの簡素な洋式個室。洋テーブルには、軽症入居患者用の正方形のオセロ・ゲーム盤が、一つ置かれている。
洋イスが二脚。
左壁沿いに出入り口。格子付き覗き窓の金属ドア。高天井に灯りがある。病院内であることを示すカレンダーやポスターの他には特に設備がない。外の音も匂いも殆ど入って来ない。
中央に巨大スクリーンがあり、放映機でゲーム盤が、全面に映し出される。ゲームの進展に伴い、計四回盤面が入れ替わるシステムとなっている。
説明・進行・独白の各ナレーションが挿入される。一幕一場室内会話劇。

【演劇開始時設定】
テーブルを前に左右『ハ』の字に、今まさに対局しようとしている、入院患者の白石と黒石の2人が、洋イスに腰掛けている。
短髪の白石は、夏用タンクトップのラフなスタイルで、白髪の黒石は、くたびれた背広姿のサラリーマン風である。
オセロ・ゲームの盤面が客席に向けて、舞台中央のスクリーンに大きく放映されている。
盤上の中央には、スタート前の白と黒の布石が、市松模様のように計4石、既に置かれている。

※別紙の盤面スクリーン❶図が放映される。
※別紙の説明ナレーションEが、亡き愛子の声で読み上げられる。

白石
…人生なんか、つまんねぇ〜こんな、退屈な精神病院に、入れられてよう…
黒石
さて。なあ白石。負けたら、どっちかが死ぬことに、しようじゃないか❓
白石
…イイぜ。どうせもう、オレの心は、死んでいる…

※独白ナレーションD・白石の声
…オレはもう、生きる事に疲れたゼ…。この歳になって、ふと、オレの人生は何だったんだろう、と考えた。毎日、同じことの繰り返し…。ただひたすら、同じことを繰り返す。そこに一体、何の意味があるのか、ってね。存在意義が、分からなくなっちまった。…しまいにオレは、何もかもが、バカらしくなっちまったのさ。生きることさえね…。オレはずっと、サギ師だった。オレオレ詐欺にも、手を染めたことがあったゼ。イイ金貰ってな。…だけど、間接的に人を殺めてしまった。それからさ、オレの人生が変わったのは。人を犠牲にしてまで、生き延びようとした自分に、嫌気が差したんだ。
オレは、田舎の高校を出た後、人口百万の都市で、風俗店に勤めた。事業を起こすための金が、欲しかったのだ…。蝶ネクタイにリーゼント、エナメル靴を履いて、客を店内に呼び込むのが仕事だった。たまには舞台の上で、裸ショーの相手役をやらされた。ショーガールの愛子は、全身網タイツで鞭に打たれ、最後にはエッチの真似事をする。するとバカなホワイトカラー族や、スケベなオヤジ達が狂喜して、チップをくれるのだった。チップの大半は、店長がポケットに入れてしまったが…。嫌々ショーをやらされた愛子に、本気で惚れ、夜行列車で東京へ逃れた。それも束の間、飛びきりのプロポーションを備えた愛子は、銀座のキャバクラ嬢にスカウトされた翌日に、店の誰かに暴力で犯され、それを苦に自殺した…。オレは、愛子の残した金を持って、大阪へ逃れ、間もなく振り込めサギ師の集団に加わった…。

黒石
白石、どうした❓
白石
…しかしだが、ハッキリ言って、ここでは、飛び降り自殺も感電死も、ガス焼身もムリだゼ…黒石よぉう…
黒石
だが、本気で死ぬ気があれば、いくらでも方法はある
白石
ふっ、じゃあ黒石。舌でも噛み切るのか…
黒石
まぁ、苦痛は伴うが、便器の水で溺水もできるし、トイレットペーパーを丸呑みしても、死ねる。大量のアルコールや睡眠薬があれば、もっと楽になる。どうだ❓
白石
…おい、黒石よぉう。オレは臆病者じゃねぇ‼
黒石
だったらおい、首吊りはどうだ、白石❓アメリカでは既に法的に認められているが、個人の尊厳を尊重した死に方がある。尊厳死だ。延命措置を中断して、自らの死を正当化できるのだよ、ふふふ。

※監視員男Bが、ドア窓から覗き込んで帰る。
※別紙の盤面スクリーン❷図が放映される。

白石
…なぁ、黒石ジイさん。そんなことはどうでもいいゼ。問題は、この勝負、どちらから先に始めるかじゃねーのか。ジャンケンで決めるのは、どうだ
黒石
まあ、良いだろう。白石。私は『グー』を出すからな
白石
…それじゃあ、オレは、『パー』でいくよ…
黒石
ははーん、なるほど。そういっておいて『グー』でくるんだな、白石。こんな駆け引きは無意味だ。お前はやっぱりサギ師だ。お前は死ぬ間際まで、嘘を突き通すようだな
白石
…オレは、『チョキ』で勝つ。アンタが『パー』を出すまでは、引き分けにしておいて、アンタが『パー』を出したら『チョキ』で勝つ…
黒石
おい、緊張しているんだろ❓
白石
…それはどうかな…
黒石
じゃ、そんならいくよ
白石・黒石
…ジャンケン…ポンッ
黒石
やっぱりお前、『グー』を出しやがったな
白石
…うるせー
白石・黒石
…あいこで…(直前で止める)
白石
…ちょ、ちょっと待て!!
黒石
うん❓なんだよ
白石
…じゃ、オレたち、なぜ戦う
黒石
おいおい、ウヤムヤにしようとしているのか❓
白石
…アンタ、マジで死ぬつもりか
黒石
ふふふっ、死ぬことがそんなに怖いか❓じゃあ、こうしよう。お前が後手で良い

※3回目のジャンケンで黒石が勝ち、先手で黒を選んだ。

白石
…おい、アンタ、なんか企んでるな
黒石
何言ってんだ❗私は、不利な条件を飲み込んだだけだ。言っておくが、マス数が小さい6×6マスなら、先手が有利だ。たが、マス数が通常の8×8なら、先手は少しだけ不利なんだ
白石
なに…それホントかよ
黒石
そうだよ、私は嘘は吐かないからな
白石
…そんなら、信用するしか、ないようだな

※監視員男Bが、また室内を覗き込み、しきりに首を傾げながら帰る。
※進行ナレーションC・男性の声
黒石が、まず先手の黒を打った。白がひとつ裏返り、黒が3個になる。続けて白石が、隣りに白を置いた。これで、黒が3個、白が3個で同数となる。

白石
…ふふふ、楽しいな…
黒石
おい、お前、そんなに楽しいか❓
白石
…この段階が、一番、楽しいんじゃないのか
黒石
まあ、可愛そうに、生まれたての赤ちゃん、といったところか

※進行ナレーションC・男性の声
黒石は、斜めに黒を置いた。白がひとつ黒に裏返る。それを真似るように、白石も白を置いた。黒がひとつだけ白に裏返る。

白石
…オレは、ここに、置きたかったんだ
黒石
ふん、たとえば、私に勝ってどうする❓うん、白石❓
白石
…ふん、たとえ負けた方が正しくとも、最終的に生き残ったヤツが、正しいんじゃないのか、黒石
黒石
おい、どういう意味だ❓
白石
なぁに、勝者は敗者の尊厳を、我がモノにできる、という事さ…

※進行ナレーションC・男性の声
白石も同じ様に、端から2番目に白を置いた。黒が2個裏返り、その形は横に倒れたローマ字『Y』の様にも見える。

黒石
おい、真似するなよ
白石
ふふふ、真似じゃねえ。これは言わば、戦略だゼ…セオリーってヤツよ
黒石
なにぃ❓気に入らないな。私は必ずお前に勝つからな、白石
白石
…ふん、不器用なアンタに、それが、できるのかな。言っておくが、アンタも社会復帰が嫌で、ここに居るんだろ。それとも、リストラが原因か。ご存じの通り、ここを一歩出りゃあ、世知辛い世間が待っている。なぁ、アンタは、こうは、思わなかったのかい。自分だけ、いい暮らしがしたいってよ…黒石

※対局は、対話中にも序盤から中盤に向かって、一気に進行する。

黒石
みんなが幸福、でなければ本当の幸せとは呼べない。食べていけるだけの金があれば、十分だ。お前のように、人を犠牲にしてまで生き延びようとは思わないな
白石
なにぃ、言ってくれるじゃねぇーか‼じぃーさんよぉう‼言っておくが、オレはアンタを踏み台にして、角隅の王座に座る自信があるんだゼ
黒石
ほう。その台詞、私に勝ってから言え❗私はお前を王座に座らせたって、勝利する自信があるんだよ
白石
…フッ、死人に口無しだからな…
黒石
おい、パスは無しだ。お前のようなチャランポランな奴には、絶対に負けられないな❗
白石
おい、アンタの人生が、いかにバカげていたか、今ここで証明してやる‼

※対局が進み、終盤へ突入して行く。

黒石
おいおい、ちゃんと考えて打っているのか❓
白石
…まぁな、そのつもりだゼ…うるせー
黒石
ただ、遊んでいるようにしか、見えんがな…ふふふ
白石
…ふん、自由に遊んでいるだけだ、うるせー

※監視員男Bが、また覗いて、ブツブツひとり語りしながら帰る。

※独白ナレーションC・白石の声

あれだけは…酷いことをしてしまったゼ。オレは、血も涙もない人間だと、今でも、そう思う…あれは、オレが大阪で、サギ師集団で仕事をしていた時のことさ…健康生活ブームを利用して、羽根布団と、健康茶を売る店を、街の一角にデッチ上げ、地域の年寄りたちを、店に誘い込んだ。茶菓子をタダでくれてやり、表向きは長生きする方法の、情報交換会を装う。協会からの好意善意のプレゼントと称して、帰りに、卵や味噌醤油を押し付けて置く…そんなことを、一週間も続けてやると、年寄りたちは心を開く。結局しまいには、財布のヒモを開く…原価一万円の安眠羽根布団を、二十万円で騙し売り付ける。それだけでは、大した儲けにもならないんだ。本当の狙いは違うのだ。最終の目標は、年寄りたちの貯金を、全部いただくことだ…細かい親切をしてやり、十分に信用させておいて、家への出入りを自由にする。家族の構成情報を調べ上げたら、一気に振り込めサギを実行するのだ…集団で百件ほど成功した時、とうとう警察の手が入ることになる…家族にナイショで、預金金額を騙し取られてしまった年寄りたちが、悲観してボロボロ自殺していった…被害者家族からも、殺してやる‼と追い回されることになって、アチコチ逃げ回ったのだ…

黒石
おい、どうした❓
白石
…ふん、チャチを入れるなよ
黒石
おい、とうとう好手が無くなったようだな
白石
…ふん、時間は無制限の筈だろう‼
黒石
そう言えば、ひとつだけ訊いていなかったことがあるな。サギ師のお前が、何故こんな所に居るんだ❓

※白石が、興奮して立ち上がり、怒鳴る。

白石
オレのせいで、オレのせいで人が死んだッ‼間接的だが、オレがヤッたことに間違いはないんだッ‼その行き場のない怒りから、いつまでも抜け出せないだけさッ‼アンタだって、このバカげた矛盾に、のた打ち回ってる筈だろッ‼
黒石
まあ、落ち着いたらどうだ。ゲームのことだけ考えていりゃ、思い出さなくて済むからな。オセロは、単純なようでいて、奥が深いだろう❓

※監視員男Bがまた来て、室内の様子を見る。また首を傾げただけで帰る。

白石
…ふん黒石、ゲームを、牛耳った者の言い方をするなよ
黒石
なあに、相手の打ちたい場所を先読みして、そこを取る。それを天王山、と呼ぶのだよ
白石
…そりゃあ、良かったな。なあ、ちょっとくらい黒が多いからって、イイ気になるなよ。この時点で、数が多いか少ないかは、ハッキリ言って、無意味だ…
黒石
ほう、白石。それは負け惜しみか❓
白石
…なに、三日天下、という意味さ。この時点で、オレが死ねば、数の多いアンタの勝ちだ。だが、オレの言動に一挙一動左右され続ける兵士たちは、王座の存在を待っている。それがオセロだ…
黒石
生意気に。しかしだな、お前の最善手は、もう無いな

※別紙の盤面スクリーン❸図が放映される。

白石
…作るのさ…本来なら、ここには置きたくないんだが、アンタの罠には引っ掛かりたくないんでね…さぁ、懐に飛び込んでやったゼ…次はどうする
黒石
へへへぇ❓お前は今、王座への踏み台となるポジションに置いた。ここに置いたってことは、私に、王座を譲ることを意味するんだよ
白石
…王座は、一度置けば、2度と引っくり返されることのない、ベストポジションだ。だが、逆に、懐に飛び込まれれば、ただの傍観者に過ぎなくなる…
黒石
ほう、それが出来ればな
白石
…そうかな。アンタは、この対角線上に、一つでも黒を入れなければならなくなる。種石がなければ、念願の王座へは君臨できないゼ。だが、アンタが王座へ君臨すると同時に、オレは寄生虫のように、アンタに取り付く。これは、諸刃の剣だ
黒石
ふふふ、どうやら、相手を不利なポジションへ陥れるのは、お前は得意みたいだな。そうやって、人を自殺においこんだのか❓
白石
…なんとでも言えよ。アンタだって、本心は、王座を狙うことばかりを、考えていたんだろう。みんなが幸福でなければ、本当の幸せとは呼べないなんて、綺麗事ばかり語りながらさ…さあ、置けよ‼アンタは…アンタは偽善者だッ‼
黒石
ふん、えげつねぇな。そこは、くれてやるよ。おい、サギ師❗
白石
…おい、勝負事に主観を持ち込むなよ。この勝負に負けたら、どっちかが死ぬんだ‼死ぬ時は、潔く死んでやるよ‼
黒石
ふっ、首洗って、待っているんだな。このペテン師❗
白石
…ああ、本当に、本当にバカげた勝負だ…くだらねープライドを賭けたね。アンタ、サギ師には、人を騙したと思わせないテクニックがあるんだゼ。アンタには、ハンディーキャップを付けてもらって、有難いと思っているよ。肉を斬らせて骨を砕くのが、オレの流儀でね…心の壁を壊すまでさ…王座を余裕手として残す。もう変わらない確定石たちに、囲まれている限り、アンタがここへ座ることは、不可能だッ‼
黒石
ハハハ。そう先走るなよ。妄想癖が、お前のガキの時からの悪い癖なんだ。王座はまだ、3席残っているじゃないか。そんな事言われて私が、ハイそうですかって、その通りに行動するとでも、思っているのか❓お前、サギ師、失格だな
白石
…いや、オレはサギ師失格なんかじゃない…そう、オレは人間、失格なんだ…しかしだ…勝敗は最後まで判らない‼

※白石が、興奮して、髪を搔き乱す。

黒石
ほう、終わりよければ全てよしってか❓
白石
…アンタとは、もっと別の形で出会いたかったな…今度もし、人間として生まれ変わることが出来たなら、今とは全く違う人生を、歩んでみたいな…
黒石
ほう、例えば❓
白石
…まあ、仮にだゼ。この世界が楽園で、誰もが、幸せそうに微笑んでいて、誰もが、幸福な人生を歩いていられるような、そんな地上天国が訪れる日をさ、夢見てるんだ…
黒石
ふん。なんだ、お前らしくもないな
白石
…病気や貧困や戦争もない、自由な世界を、さ
黒石
ふん、バカバカっかしい。お前、夢みたいなこと言うなよな。そいつは有り得ないさ
白石
夢じゃねェー。アンタだって、本当は、そう思っているんだろ
黒石
ふん、人間は唯一、好き嫌いで同類殺しが出来る生き物なんだよ。弱肉強食、これでなければ、人類、進化できないさ。そんなもんよ、お前
白石
…死んだら、天国に行けるんだろうか
黒石 
死んで天国にでも行ってくらしたいのか❓ふふふ、まだお前は死んでないよ。ゲームに負けたら死んでいただくけどな
白石
…なぁ、あの世では、皆幸せに暮らしているんだろうなぁ…
黒石
おいおい、ゲーム、諦めたのか❓
白石
…でもなぁ…何故、人は争う
黒石
まあ、なんだ、切磋琢磨しているだけだ。争うのとは違う
白石
…何故人は殺し合う。色が違うというだけで、そんなに憎しみ合うものなのか
黒石
お前が言っていることは、確かに正論なのかも知れない。だが、現実は違う。誰かが笑えば、誰かが泣く。世の中、そのようになっている。現実から目を背けるな
白石
…オレは、何の為に生まれて来たんだろうか…
黒石
ふっ、知ったことか。私は神様じゃないからな。自分の胸に手を当てて、訊いてみるしかないだろう❓だが、一つだけ言っておく。価値の無い人間など一人もいない。みんな意味があって、この世に生まれて来たんだ。私だって、お前だってな
白石
…そうか、ありがとう
黒石
いや、お互い様だ

※監視員男Bが覗き、時計を気にして『そろそろ帰る時間だな』と呟き、鼻唄をしながら帰る。
※進行ナレーションC・男性の声

この最終局面で、盤上には白黒合わせて54個の石が置かれていた。黒石がタテ1×ヨコGに黒を置いた時点で、残された空席は9席となった。
その席を埋め尽くすように白石がタテ2×ヨコBに打ち、続けて黒石がタテ7×横Aに打ち、続けて白石がタテ8×ヨコAに打ち、続けて黒石がタテ8×ヨコCに打ち、続けて白石がタテ7×ヨコBに打ち終える。
勝負は、黒が30個、白も30個で均衡を保ち、残り4手で決着が付くという段階である。
次の一手は黒石の番である。残り4手には3パターンの可能手があるが、オセロのルール上、同類に挟まれているタテ1×ヨコHの王座には、どちらも打てない。だからその王座は、ポッカリと空席(🈳)のままに捨て置かれる。
これを除くパターン①は、まず最初に黒石がタテ1×ヨコAに黒を打った場合。白石はタテ2×ヨコGに打たざるを得ない。そうすると黒石はタテ8×ヨコHに置かざるを得ないが、残りタテ1×ヨコHの王座のみを残し、どちらも石が打てない状態となり、ルール上『引き分け』でゲーム終了となる。
次にパターン②は、黒石がタテ2×ヨコGから打った場合。白石はタテ1×ヨコHの王座に君臨できるが、そうすれば黒石がタテ1×ヨコAか、タテ8×ヨコHの、どちらかを選択したとしても、白石が勝利する。
そして最後のパターン③は、黒石が第一手をタテ8×ヨコHに打った場合。白石はタテ2×ヨコGに打たざるを得ない。そうすると黒石はタテ1×ヨコAに打つことになる。しかしこれも残りタテ1×ヨコHの王座だけをポッカリと残し、どちらも石が打てない状態で、これも『引き分け』となるのだ。

白石
…さぁ、置けよ。アンタは最後、王座に君臨して勝つんだ。どうせ生きてたって、仕方のないオレの人生さ。自分で自分の道を塞いでしまったんだからな。オレは愚かで、独りよがりだったよ。さぁ、やれよ。どうせこの世に、未練なんかもう、ねぇーからよォッ‼
黒石
ふふふ、幸せになれよ

※黒石が、最終手の黒石を置く。
※別紙の盤面スクリーン➍図が、同時に放映される。

白石
…おいおい、なんだ。なぜ置かないんだ。こっちの2×Gに置いていれば、アンタは勝てたんだゼ。何故だ。
黒石
なにぃ❓2×Gに置いてれば、だと❓冗談言うなよ❗2×Gに置けば、いずれにせよ、お前の勝ちだ。お前の読み違い、勘違いだよ❗だから、引き分けの手にしたんだよ。まだまだお前は、未熟者だな。じゃあ、またな❗達者で暮らせ。ふふふ、楽しかったよ

※突然に、舞台が全消灯する。

※やがて、部屋のドアが開く金属音が響く。
※舞台がゆっくり薄明るくなる。
※すでに黒石の姿は、消え失せていない。テーブルに一人臥せっている白石が、照明に浮かぶ。
※看護師女Aと監視員男Bが、白石の前に現れる。看護師女Aが、ひとり白石に歩み寄る。
※モーツァルトのピアノ曲が、静かに舞台に流れ始める。

看護師女A
…白石さん?白石さん?また今日も、どなたかと、楽しく、お話しされていたのですか。ご退院、おめでとうございます
白石
…えっ?ああ、愛子か?たった今、オヤジが…面会に来てくれてさ…
看護師女A
…たしか今日は…お父様の三周忌の御命日だとか、昨日も白石さん、おっしゃってましたわね…
白石
…ああ、そうなんだ。…オレはずっと、オヤジの生き方を、否定してきたんだ…クソ面白くもねぇ、バカらしい生き方をだよ…
看護師女A
…たしか、警察官でらしたお父様が、あなたの犯した罪を、お恥になって、ご自害…されたのでしたわね
白石
…うん、そうなんだけど、オヤジは今オレに、生きろと、言ってくれた。お前は死ぬなってさ…

※看護師女Aが、微笑みながら、座っている白石に、退院祝いの深紅のブーケを、そっと手渡し、白石は涙ながらに受け取る。
※モーツァルトのピアノ協奏曲が、会場に流れ始める。

白石
…なぁ、愛子。オレは、本当は、本当はオヤジを、尊敬していたんだよ…ここを出たら、退院したら、真っ当に働くよ。こんなオレでも、許して欲しいんだ…許してくれ…
看護師女A
…はい。神様は、きっと、全ての方がたをお許しになられると、思いますわ…世の中には、正しいことなど、ひとつもない。間違っていることも、ひとつもない。全てが正しくて、全てが間違っている…それが、人間界、というものですもの…いずれ、誰もが死にますわ。どんなに貧しい方も、どんなにお金持ちの方も、死、というものに対して、怯えず、覚悟して生きるという事は…とっても、難しいことですわ…わたくしには、そんなことぐらいしか、とても言えませんが…お幸せになって…

※直後に、舞台が全暗転にて音楽の中、閉幕する。
※スクリーン❶(放映する用語の説明文)

※説明ナレーションE・亡き愛子の声

オセロ・ゲーム用語の解説をします。
①『手数』…石の置ける場所で、増やせば有利です。
②良い手を『好手』、悪い手を『悪手』、最も良い手を『最善手』、と称します。
③『壁』…同じ石が集まった壁のような形で、壁を作ると打てる場所がなくなります。
④『ひっぱり』…自分の石が固まっている方へ移ることで、相手が自分の壁を崩すよう誘います。
⑤『種石』…相手の石を返すために必要な石のうち、その石のおかげで良い手が打てる石のことです。

《完》




















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