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背番号16 川上哲治

 アニメ『巨人の星』では、主人公星飛雄馬がジャイアンツ入団時に永久欠番である背番号16を付けますが、その16は打撃の神様と言われた故川上哲治さんの背番号でした。
 川上さんは、選手のときは人気スター選手でしたが、監督になると成績は悪くないのに人気は急落、マスコミからはいいように叩かれました。
 川上さんご自身にも失言(この失言の根拠は伝聞証拠が多いようですが)が少なくないとされていて、今でも川上さんを嫌う人は相当いると思います。
 しかし、ジャイアンツの日本シリーズ9連覇など監督としての業績は素晴らしく、仕事に関しては誰も難癖を付けられない人です。

 私は年齢的に川上さんの現役時代を知らない世代なんですが、故黒澤明監督の『野良犬』で、プロ野球球場での逮捕シーンのときに巨人対南海の試合が映されており、その中で川上選手の現役時代の動きを少しだけ見ることができました。

 川上さんは、太平洋戦争に召集され戦後は故郷で農業をしていたそうです。そのうち、プロ野球の再開の目処が立ち、ジャイアンツから「帰ってこないか」と声がかかりました。そのとき川上さんは、家族の生活を考えて、ジャイアンツに復帰の条件として3万円を求めたそうです。私はこのことを「ホールドアップ事件」と記憶していましたが「ホールドアウト事件」が正しいようです。
 この件は、「プロ野球選手なら野球ができるだけでも幸せだろう。なのに、カネをよこせとは。」と考える関係者(特にスポーツ新聞)には不評だったようですが、川上さんはスター選手だったので、大きな問題としては扱われなかったようです。私は、プロフェッショナルの契約として、そもそもこれが問題とは思いませんが。

 選手引退後川上さんは監督になりますが、当初は隔年で優勝するという成績で、ジャイアンツファンからは好評というわけではありませんでした。
 そして、川上さんはドジャーズ戦法を取り入れたり、試合前の練習などの際にスポーツ新聞記者がグランドに入ることを禁止するなど新機軸を打ち出しました。ドジャーズ戦法の本は、日本語訳が出版されており珍しい本ではなかったようです。ですから、川上さんがドジャーズ戦法を取り入れるとなったとき、多くの野球関係者は関心を持たなかったようです。
 しかし、同じ内容の本でも、凡人が読むのと才能のある人が読むのとでは大違いで、これがその後のV9に繋がります。
 また、かつてはスポーツ新聞の記者らはグランドには入り選手とキャッチボールをしたりしていました。記者にしてみれば取材の一環だったのでしょうが、川上監督にすれば練習の邪魔以外の何物でもなかったようで、練習中にチームの関係者以外がグランドに入ることは禁止されてしまいました。

 これは、私の想像ですが、スポーツ記者の多くは大学時代に野球をやっていて、プロ野球選手をナメていたところがあったのではないかと思います。当時は、プロ野球より大学野球の方が人気が高かったので余計そういう意識を持っていたことでしょう。さらに、「報道は何よりも力がある」と思っていたところに、プロ野球監督からある意味取材妨害(見方によりますが)され、プライドを潰されたという気持ちも働いたと思います。

 そんなこんなで結局マスコミは川上監督を叩くようになりました。

 そして、川上監督も二代目のオーナーと不仲になり、監督引退後も不遇を囲うことになります。

 私は、川上監督は「大きな仕事をした人間は、嫉妬されて疎外される。」典型のように思えます。
 でも、川上監督にの功績は、「プロ野球のあり方がプロ野球ファンの質を変えたこと」だと思っています。
 ジャイアンツが連勝し、川上監督の組織野球の強さが認知されるまでは、王選手対タイガースの江夏投手や長島選手対タイガースの村山選手といった一流打者対一流投手の勝負がプロ野球ファンの興味の中心でした。
 スポーツ新聞の論調もそういうものだったそうです。
 しかし、ジャイアンツの戦い方は、「試合に勝つ」ことが最優先でしたので、長島選手にバントさせることなど平気でした。
 もちろん、長島選手対村山選手の勝負を見に来ていた観客からは不評でしたが、日本の企業経営者がまずジャイアンツの戦い方に注目し、そのうちサラリーマンがそれに同調するようになってくると、プロ野球ファンの注目は「ジャイアンツの勝利」又は「アンチジャイアンツファンのジャイアンツの敗北」に移っていきました。
 個人戦から団体戦へと戦術が移行して行った、実際の戦闘の歴史をなぞるような思考の変化です。

 私は、川上監督は団体スポーツの考え方自体を変えた人と思っています。
 彼は、凄い。でも、付き合いにくい人でしょう。能力が高いから。

#背番号のストーリー #川上哲治

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