見出し画像

生産性向上のために支払うコスト (1176文字)

 先日BS放送で出席者が、「日本は企業の生産性を高めないと人口減少による経済規模の縮小により貧しくなる。」という予想を述べていました。。

 その人は流暢に日本語を話す英国人で、日本の企業の社長をしており、政府の委員会等にも出席しているそうです。

 番組を見た後、その人が執筆された本を読んでみましたが、日本の企業の経営のやり方というか業務のやり方を辛辣に批評されていました。

 私の理解では、この人の主張は間違っていないように思いました。
 しかし、その主張には猛烈な反対勢力が存在するだろうとも思いました。

 仕事をしていて、生産性が低い業務があるなぁとはよく思います。
 つまり、こんな仕事は要らないのではないかと思うことがよくあるわけです。
 でも、そういう仕事は以前からずっとやっていることが多く、それなりに効率よく運用されていたり、その道の権威者がいたりします(効率がいいことと生産性が高いということとは別のことです。)。
 そうなると、その仕事の存在意義を問うような態度は「不遜」ということで非難の対象になったりします。
 なにしろ、その道の権威者は四十代以上のベテラン労働者が多いので、すぐ怒り出すし、なにより理屈でものを考えるという姿勢がほとんどありません。すぐ感情的になります。
 それに、そういう業務削減の提案などをすると、労働組合が介入してきて「絶対解決できない隘路(「あいろ」支所となるもの。障害。難点。)」にされてしまいます。

 しかし、生産性を高めないと将来的に企業が生き残れないということはかなり高い確率で予見できます。
 それでも生産性を高めることを忌避するというのは、「そのときは自分たちは退職しているから関係ない。」、「なにも自分たちが今苦労する必要はない。」という無責任で怠惰な考えがあるのだと思います。

 江戸時代の最末期に、幕府の鈍い動きに業を煮やして明治維新を起こした薩摩藩や長州藩の士族らの苛立ちがなんとなくわかりような気がします。
 勤王の獅子達みんなが義のために立ち上がったとは思いませんが、全体として「今のままじゃ駄目だ。」と感じたのだろうとは思います。

 人口減少は経済に影響しないという人がいますが、私は人口減少は日本経済を縮小させる要因になると思うので、少ない労働人口でも高い生産性を得る努力をしなければならないと思います。

 ただ、生産性向上に取り組むと、労働生産性の差による処遇の違いが顕著になると思われます。そうなると、現在の勤め先を辞めて転職したいと考える労働者が多くなるでしょう。
 そのために、日本の労働市場は完全に解放されるべきと思っています。
 つまり、生産性向上のためには労働市場解放が必要ということになります。この転職労働者の増加は、生産性向上のために支払うコストだと思います。


#生産性向上 #労働市場解放  #

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?