見出し画像

彼女がジジ臭い幽霊になりました

それはあまりにも突然のことだった。
突然といっても心あたりが無いわけではないから、
突然といってしまうと少し語弊があるかもしれないが、
兎にも角にもそれは何の前触れも無かった。




「やっぱ、おかきにはラムネだよなぁ。」






ボロアパートの2階、
つまり僕の借りている家のリビングで
よくわからない組み合わせを食べている
この女子こそが、突然にやって来た「それ」なのだが






簡単に説明すると、僕の元カノである。






少し特別なことを挙げるなら、
すでに亡くなっている所、
そして本人に記憶が一切無いという所だろうか。





まぁ要するに地縛霊である。







「おい人間、見ろ!ラムネのモノマネだ!」



死んだはずの彼女が地縛霊となって現れた。
これだけならまだ良かったのだが、
よくわからないものを永遠モノマネしている様子を
否応無しに見なくてはならないこちらの身にもなって欲しい。ちなみにいつもならこれに親父ギャグが追加される。






正直言って地獄である。







生前こんな趣味は無かった筈だ。
、、、無いと信じたい。
こんなジジ臭い趣味は無かったと信じたい。






彼氏として、
正直言って早く成仏してもらいたいものなのだが、
なにぶん地縛霊になった理由がわからない。




「おい人間、私を無視するな。」

「、、、無視以外の方法を教えて頂きたいものです。」















「おい人間。私は海に行きたいぞ。」





山に入道雲が残るようになってから、幽霊はそう言った。
記憶を失っても、思いというのは変わらないらしい。
生前の史緒里と約束したことはこの幽霊によって語られた。



というかなんでこの幽霊はこんなに上からなのだ。



「いいですけど、
 幽霊なんだからフワーっと飛んでいけばいいのでは?」


「それじゃあ意味ないじゃん!」



「え?」


「あ、いや、意味がないではないか。人間。」



「上から言うやつ、キャラだったんすか?」


「キ、キャラなどではない!元々じゃ!
 人間よ、失礼ぞ!」


「めちゃくちゃ動揺してるじゃないっすか。」



「というか私は幽霊ではない!地縛霊だ!」


「どっちでも一緒でしょ。
 この世に未練があるのは変わらないんだから。」



「、、、そうじゃな」














「気持ちがいいのう?人間。」





夏の終わり。
僕と地縛霊は海に来ていた。
正確には海の近くの崖であるが。





「そうですねぇ。」



嘘ではないが、嘘に近かった。
引いては去っていく波の音は心地よくて、
不気味だったからだ。



世界が、目と鼻の先で二分されているようだったからだ。






「なんじゃ?急に黄昏おって。気持ち悪いぞ?」





「毒を吐かずに疑問を呈して貰いたい!」




「まぁそう言うな、貴様のその反応が面白いんじゃ。」










「ウェーイ!引っかかった!」




「クソぉ。マジで覚えとけよ!」


「いいよ、○○の反応が可愛いって覚えとくね!」



「可愛いくねぇ!
 ってかやり返されるっていうことを覚えとけ!」









どうしてこんなにも反応が似通うのだ。
これじゃあ、忘れられないじゃないか。




そんな文句は風に攫われて、
辺りには沈黙だけが残されていた。






「もういいや。」


「どうしたんすか?」


「このキャラやめる。」


「やっぱりキャラだったんすね。」


「キャラだよ。本当の私は、久保史緒里だもん。」




「どういうこと、、、ですか?」


「記憶なんて失ってないってこと。」


「嘘つけ!あんなジジ臭い趣味なかったろ!」


「ジジ臭いって、、、!
 おかきを食べながらダジャレ言ってるだけでしょ!」


「そんな漫画のテンプレみたいな動きしといて
 よくもまぁそんなことが言えたな!」


「あれは生きてる時もあったわ!」


「、、、、嘘だろ?」





正直記憶があったことよりも衝撃を受けた。
彼女が完璧だったのは皆が確認するまでもない事実で、
普遍的なもののように思っていたからだ。















「ねぇ?地縛霊ってなんだと思う?」


海に赤みがさした頃
史緒里に記憶があったことを消化できた頃
彼女はそう言った。




「死んだことを理解できてない幽霊?」


「そう。でもね地縛霊になる条件はもう一つあるの。」









「ある土地に特別な理由がある場合。」









「私としては別に成仏してもいいんだよ?
 でも○○が私を現世に縛ってるだけ。」



「私はね、想いを手放して欲しいだけなの。
 忘れて欲しい訳じゃない。
 私への恋心を諦めて欲しいの。」



まるで赤子を諭すように
ゆっくりと、ただ確実にそう言った。


「そんなの無理に決まってるだろ!」



嫌だと体は言う。嫌だと心は言う。
でも理性が理解しようとする。
この関係がもう終わってしまいそうなことを。

だから赤子のように大声で否定した。






「知ってる。だから幻滅してもらいたかった。」



「それがジジ臭い所作した理由?」


「そう。
 だからこそ意識的に鼻ほじって、オナラもしてた。
 あとは、、、」


「もういいもういい。
 わざわざ文字にするな。」









「とにかく、そう言うこと。
 いい加減前向いてよ?成仏したいんだよ私も。」



いつからか見慣れた筈の横顔が
まるで別人のようだった。


いつも笑ってて、努力家で、可愛くて、
野球とアイドルの話になったら網膜が開く君に恋をした。

何年経とうが君を諦めるなんて出来るはずがないだろ。



「一つだけ言わせてくれよ。」


回らない口で一言放った。


「完璧な彼女が自分だけにだらしない格好を見せたらさ、
 より恋に落ちるもんなのよ。」



「、、、、そっか。逆効果だったか。」


「最後に一ついいかな?」


「一つだけじゃないの?」


「なんで海に行きたかったの?」



「それはね?」












『海ってね、リセットの場なんだよ?』



刹那、頭の中に文字が浮かぶ



『本当は私の名前をリセットしたかったんだ。』


続けてこれも



『でも今は違う。
 この関係をリセットしたかった。』


『この関係はあくまで呪いの関係なの』




でもさ?諦めるたってどうやって?
一緒に買った家具は?
一緒に過ごした部屋に
これからどんな気持ちで帰ったらいい?



『引っ越すのよ。新しい人に出会うのよ。
 それしか、、、それしかないのよ。』















「見えた?」




「なんで急に地縛霊っぽいことするんだよ。」


「多分最後だから。」


「なんでそんなこと言うんだよ。」


「耳から伝えられないんだったら
 心に語りかけるしかないでしょ?」


「ずっと家に取り憑いていてくれよ。
 それでいいじゃんか。何がダメなんだよ。」



「それにね?
 地縛霊は取り憑いた場所でしか
 それらしい能力は出せないの」



「じゃあなんで今使えたんだよ。」



「最後だから。
 もう二度と会えないから。」


「私は消える。跡形もなく。
 そして私の存在は無かったことになる。」


「そうでもしないと、前向かないでしょ?」



芯のある声とは対称的に震える手が見えた。

その刹那、頭の中には後悔しかなくて

それでも






「ありがとう。」

感謝の言葉しか溢れなくて







「俺のエゴで現世に縛ってごめん。」


「こっちこそ長生き出来なくてごめん。」



「もう後悔は無いから。
 もう前を向くから。だから、、、逝ってくれ。」


絞り出した声は震えていた。


「そっか。じゃあね、もう行くよ。」


君は少し微笑んで、目を真っ赤にして、
誇らしく、泡になった。


海へと消えて行く泡はまるで、ラムネの炭酸のようだった。



「モノマネ上手いな」


地平線に向かって、そう言ってやった。

Fin

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?