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死神彼女

〈例えば、明日死ぬとして。〉


ほんの少し、柔らかくなった紙に
淡い黒色でそう印刷されている。

自分で言うのは烏滸がましいけど、
そこそこ優等生だった私が唯一出さなかったプリント。



家具も本も洋服も
何もかもがダンボールに詰められた部屋でマンツーマン。

まだカーペットの跡が残る床に座る。

とりあえず、2時間考えてみた。
けどこのままじゃ、タイムリミットを過ぎるだけ。

そりゃそうだ。だって6年も答えは出てない。



カーテンのない窓に、紙をすかしてみる。
やっぱり、答えは書いてない。


「何してんだか。」

可笑しさとちょっとの悔しさの煮汁がでた。




心機一転、提出期限だった頃に立ってみよう。







あの頃、学校という社会だけが世界のすべてだった。
そして私は、どうやら“社会不適合者”だったらしい。
けど真面目だから、せんせーからは優等生扱いだった。


まぁ、自分がどんなやつなのかは相対評価なんだろう。


少なくとも、あの頃の私が死んでも誰も悲しまない。
んでもって、自分も後腐れない、とか考えてた。

それを結論にしようとした。




揃いも揃って、バカが多いな。




けど、気づいちゃったんだ。






死んだところで何にも残んないだって。


きっかけとかは多分ない。
ふと、鼻詰まりが治る時ぐらいスッと。



あいつらは私が死んでも、1週間もすれば忘れる。
どちらかといえば、それを望んでるだろうし。

でも正直そんなことはどうでもいい。




私がそこに立ってたこと、
誰も知らなくなっちゃうんだって。

次あの屋上のベンチに座るやつは、
私の場所だって知らないんだって。





恨みとか、なんか未練とか。
よくドラマとかミステリーとかで書いてるけど、
生きてるやつが勝手に背負ってるだけなんだなって。



だって私は、別に何にも望んでないもん。
んでもって、勝手に背負われても迷惑だし。



やっぱり何にも残んないんだなって。





気づいちゃったんだ。

それに落胆した私に。
言いようのない気持ちになった自分に。

やっぱり執着してるんだ、って。




そう言って、少し空いたカーテンを見たんだ。


それでまた気づいちゃったんだ。私って天才だね。




多分今死んでも、
この景色から見える人は何の感情すら抱かないんだって。



だって、
コナンで人が死んでも感情なんか生まれないもん。



けどそれがたまらなく嫌だった。
私の死を喜ぶこともなく、
悲しむこともない人間しかいないのが耐えられなかった。






とまぁ結局、死ぬこと考えても
生きたい執着しか思いつかないんだよね。
死にたがりのくせにさ。




ごめんせんせー。提出期限は守れそうにないや。
やっぱり私は優等生じゃないや。





お尻が痛くなってきた。


少し痺れた足を引きずって、外を見た。




あれからなんやかんや6年経って。


この景色から見える人は相も変わらず、
私のことなんか多分知らない。




でも、いいんだ。
私だって知らないし。


あれから6年、いい死に方というものを考える。
やっぱり私は真面目なんだな。


んで一つ決めたんだ。
少なくとも、この景色では死ねないって。


だって嫌じゃん。家の前には家しかないんだもん。

せめて死に場所ぐらいは豪華がいいよね。





ーガチャ



「おはようございまぁす。」







寝起きよろしく、合鍵の返却に彼女が来た。
けどちゃっかりコーヒーを買ってるあたり、
私の教育は行き届いているらしい。



「何読んでるんですか?」

「ん?高校の課題。」

「え、どれぐらい前のやつですか?
 10年ぐらい前ですか?」

「舐めてんな。」



奪い取るようにして飲んだコーヒーが
私の好きなブラックだったのなんかは褒めてやらない。


「何ですかこれ?明日死ぬならって。」

「知らないよ。宿題だもん。」

「まぁでも私だったら、、、
 何するかは置いといて、飛鳥さんの家で死にます。」

「嫌だよ。何で私が処理しなきゃいけないんだよ。」

「いや、死ぬ時は飛鳥さんも一緒なんで。」


大きな目が私を吸い込みそうで。


「えー、、、死ぬ時は1人かなぁ。」

「いやですよ。
 何で彼女の顔見ずに死ななきゃならないんですか。」



コーヒーが喉に詰まったふりをして、涙を拭いた。




「じゃあ、死に場所に行きますか。死神さん。」

「違いますぅ。あ、宿題どうします?」

「あー、、、そうだなぁ。」








〈例えば、明日死ぬとして。〉



〈死神の隣でコーヒーを。〉






きったない字で、大きく太く。



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