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React 下

ーピンポン

廊下のLEDに小さな虫が集まっている。
空を見れば、1つだけ星が瞬く。
こんな時間になんで俺は鍋を持って外にいるのだろうか。

ここでもストレージの少ない頭が作用していたのか。
サンダルから入る冷気に震えていた。

受注生産が突然終了して、
調査報告が滞ってから1週間とちょっと。

最初は見事、成就させたと思った。
しかし、Aがルンルンで毎昼会社を出ていくのを見た。
対し、飛鳥はメガネに戻りニキビが増えた。


幼馴染から恋人爆誕の連絡が来たのは今日の昼だった。




人間というのは不思議なもので。
嫌なことは時間が経てば、
大抵のことは忘れるように出来ている。

しかし、時々その機能が働かなくなる時がある。

呼び方は様々ある。まぁ今はいい。

この機能がボイコットを起こすと十中八九、
自分のみでは忘れることは不可能となる。

酒に頼ったり、ネットで文句を言ったり、
友の全身へサンドバックの如く言葉をぶつけたり、
何か装備や特殊効果が必要となる。

ただきっと彼女は、齋藤飛鳥は、
そう言った装備を持たずにここまで来た。


そう、アンテナがあまりない頭なりに考えたのだ。



「、、、はい。何時だと思ってんすか。」

「いいから開けてくんない?足の指取れそう。」

「変態。」


そう返事が返ってきて体感5分。
多分鍋の中の鶏肉は冷えた。

ーガチャ


「明日も仕事です。」
「明日は日曜日だろ。」

「残業が、、、」
「月曜日手伝う。」


熱々(仮)の鍋を矛に部屋へ突入した。

「「汚い部屋。」」

リビングの灯りをつけた時、お互いにハモった。

「とりあえず片そう。その後は鍋パな。」



どこかで読んだ。
部屋の状態は心の状態らしい。
だとするならば、今の飛鳥の心はスラム街だろうか。

コンビニのパンとホットサービスの抜け殻。
スーツも左肩がハンガーから無視されていて。

なんだか、肩が落ちる感覚がした。

「じゃ、これよろしく。」

「何ですか?」

「鍋。冷蔵庫入れといて。」


少し冷気がまた足に掠めて、消えた。






「これで、よし。」

洗濯機にシャツを入れて、スイッチを押した。

「最悪なんですけど。」

「俺だって見たかないよ。」

小綺麗になった部屋の真ん中、ちゃぶ台の上。
黒いコンセントと赤いランプをつけた。

数時間ぶりの暖かい場所だと、中身達は暴れている。

「今日はどうして?」


鍋の中のメイン、鶏肉を見ながら
飛鳥はそう絞り出した。


「切り替え方、知らないんだろ。」
「え?」

「飛鳥。」
「はい。」


「まぁとりあえず体にいいもん食え。」

「別にかっこよくないっすよ。」


頬のニキビが少し小さく見えた。






鍋の湯気。
ポン酢を開ける音。
いつかの火傷痕に染みる。


ただ、それだけ。



「あふ、、、あの。」

飛鳥は口の深いとこを開けながら、こちらを向いた。

「ん?」







「今日もお弁当ありがとう!美味しかったよ!」

「ありがとうございます!また作りますね!」


にこやかな笑顔共に去っていった。
先輩と多く喋るようになって、好みがわかるようになって。
そして痛感する。あぁ自分でないな。と。


頭のどこかにはそれに気づいている自分がいて。
けどそれを押し込もうとする自分もいて。


楽しみだったはずのお昼は、苦しくて。


それでも毎日続けていたのは、
作るのは別に苦じゃなかったから。


だけど





「だけど、この前お弁当作り損ねて。
 先輩、全然残念そうにしてなくて。」

「その帰りに、先輩の幼馴染さんと歩いてて。」






「私っておかしいですよね。」

飛鳥は自分に対して冷笑を向けた。

「もともと叶わない恋ってわかってたのに。」
「正直な話、話が弾んだこと一回も無いんです。」
「ずっと無理してる自分を笑う自分がどっかにいて。」

飛鳥はゆっくりとお箸を置き、机に両肘を乗せた。

「それなのに、一丁前に落ち込んで。」
「せっかく料理が楽しくなってたのに。」
「それだけは、自分を笑う自分はいなかったのに。」

窓ガラス、外の濁んでいる空を見つめた。

「おかげでコンビニにいる自分を笑う自分も増えて。」
「私、笑われてばっかだなぁ。」

「あ、ピザまんってそんなに美味しくないですね。」
「まだ肉まんの方がいいですよ。」




「ん。」

「何ですか?」

「涙、拭けば?」

「あれ?何で泣いてんだろ?」



もう遅いのに、溢れないようにと上を向く。


「でも。」

「でもなんか喋ったらスッキリしました。」

「鍋、ご馳走様です。」



赤いランプを消した。
また肩が落ちそうになる。


「無理に合わせるのってしんどいから。」

一つずつ、少ない語彙を選んでいく。

「俺もおんなじこと思ったことあって。」
「ずっとどっかに俺を笑う俺がいるっていうか。」

「けど、俺の場合はそれを吐き出せなくて。」
「吐き出せるような人が、いなくて。」


「だから余計、おせっかいを焼きたくなるんだよね。」


「ねぇ先輩。」



「ん?」



「無理しなくていい、
 けど素敵な人って少ないですよね。」



「少ないね。」



「けど、いますよね。」




「うん。」





「ねぇ、先輩。」





お互いの体がどんどん近くなる。






メガネをそっと床に置く音がする。






耳からの情報しか、入らない。
ゆっくりとゆっくりと時は進む。















ーーピピピッ お洗濯が終わりました。



「「なんだ、あいつ。」」




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