第二章 六話 いざ、おばけトンネルへ!

 道はとりあえず人が通れる位には整備されているものの、雑草は生え放題で、枝も伸びている。放棄してそのまま自然に帰るのを待っているのだろうか。

 木々が多い茂っているせいか、昼間でもなんだか、薄暗いな。


「ほら、お前ら見えてきたぞ。あれが旧二子山トンネルだぜ。昼間だとたいした事ねぇな」


 先頭にいた浩司さんが前方を指差すと、そこには蔦に覆われ、ぽっかりと口を開けた暗闇が見えてくる。トンネルの上部には年季の入った寂れた看板があり、旧字体で『旧二子山トンネル』と書かれていた。

 浩司さんはたいした事がない、と言っていたが、僕は見た瞬間に、鳥肌が立つほど不気味でおぞましく感じた。

 夜にこの廃トンネルに来られるかと問われれば……いや、昼間でも一人では絶対に無理だと思う。


「ありがとう、米倉くん。もし、明日の朝に私達から電話がなかったら、警察に連絡して……なんてね!」

「おもしれぇ、冗談だな。先公せんこう、俺は恵子に頼まれてんだ。従兄妹の謙治が無事に辰子島に帰れるようにってな。だからここで待ってるぜ。早く行って帰って来い」


 若林先生の冗談に笑いつつも、浩司さんは言った。暴走族なんて、社会の厄介者とは関わりを持ちたくなかったが、意外とこの人は男気があるんだろうか。


「一応、廃トンネルだからね。何か不測の事態が起こった時の為に、ここに残ってくれる人は必要さ」


 雨宮さんは、冷静に言った。

 現実問題として、トンネルが崩落する危険性もあるので、彼女の意見は正しい。僕達は浩司さんに頭を下げると、トンネルの調査に向かった。


 ❖❖❖


 外の明かりのお陰で、入口付近は明るいものの、奥は真っ暗で何も見えない。斎藤先輩は僕に懐中電灯を渡すと言う。


「結構距離がありそうなトンネルだな。やっぱり懐中電灯を持ってきて良かった。それじゃあ、俺と今井くん、海野くんは雨宮さんとペアになって調査しよう」

「先生がビデオカメラで皆を撮影するわね。はぁ、なんだかドキドキしちゃう! 幽霊が撮れたらどうしましょう」


 ヘッドライト付きのヘルメットを被った若林先生は、カメラマンの役割を与えられた事にはしゃいでいる。僕達は、振り返りその様子に苦笑した。

 僕と雨宮さんが先頭になり、トンネルの中へと進む。

 小鳥達の囀りが遠くなっていくと、次第に水滴が、反響する不気味な音に掻き消されていく。

 トンネルの中は別世界のようで、外の気温はさらに低くなり、防寒対策をしていてもブルブルと体が震えてしまう位だ。

 壁には水滴が作った染みが出来ていて、どことなく、人間の影のようにも見えなくもない。しかし、懐中電灯の光だけでは心許ないな。

 

「このトンネル、不気味だし確かに嫌な感じがするな。雨宮さん、どう?」

「そうだねぇ」


 雨宮さんは、僕から懐中電灯を受け取ると、地面から天井までゆっくりと、隅々まで照らす。今井先輩は、我らがマドンナの活躍を記録しなければならん、という勢いで雨宮さんの後姿を、ストロボを焚きながら撮影していた。

 雨宮さんの瞳が、また紅く染まったように見え、天井を見上げたまま動きが止まった。恐らく、霊視が始まったんだろう。僕も同じように天井を見上げたが、なんとなく薄い煙のような物が視える位だ。


「赤ん坊達は、トンネルの天井で蠢いてるよ。だけど今は眠っている状態。この子達は日が暮れると、動き出すんだね。ここから仲間がそうしたように、手を差し伸べてくれた母親を求めて、恵子さんを頼ろうとする……いや、頼ろうとして途中で引き摺られるんだね」

「えっ」


 それは、あまりにも恐ろしすぎる光景じゃないか、と絶句する。

 へその緒をつけた赤ん坊が天井に張り付き、それがトンネルから這い出て、恵子さんの家まで向かおうとして、ずるずるとトンネル内に引き戻される想像が頭を駆け巡り、下手なホラー映画よりも、怖い。

 

「雨宮さん。ど、どの辺にいるんだね。今井くん、写真を撮りまくれ! もしかすると心霊写真が撮れるかもしれない」

「やだぁ! 映像に写るかしら」


 斎藤先輩と、若林先生は大いに盛り上がると、天井に光を当てながらカメラを回したり、ストロボを焚いて写真を撮っている。


「静かに! 赤ん坊が起きるよ」 


 雨宮さんが、ぴしゃりと𠮟りつけると三人は固まる。僕も三人と同じように動きを止めた。悪戯に騒いで、這いずり回る赤ん坊に襲い掛かってでも来られたら、このまま気絶してしまいそうだ。

 若林先生が小声でカメラの撮影は、控えるようにと今井先輩に告げると、カメラだけ回す事にした。


「あ、雨宮さん。浄化するの? それとも僕が、ここで経を上げればいいかな。いや、結局このトンネル付近から赤ん坊の霊が動かないなら、何もしない方がいいよね?」

「ここじゃあ、浄化出来ない。赤ん坊から伸びるへその緒が、トンネルの奥に伸びているんだよ。多分、向こう側の何かに魂が地縛されていて、この子達は、誰かに憑依するしか移動する手段がないんだろう」


 雨宮さんが、トンネルの奥の方を指差す。

 僕はゴクリと喉を鳴らすと、彼女が視えている物を、きちんと把握はあくせねばという気持ちになった。『失礼するよ』と、彼女の手首に触れると、雨宮さんが指差す方向を見る。

 血塗れのへその緒が垂れ下がり、まるで化け物の生命線のように、それが伸びている。おそるおそるそれを、辿るようにして天井にライトを当てると、背中を向け虫のように蠢いている赤ん坊達が視えた。

 今年の夏に『エクソシスト』という、大人気ホラー映画が公開されたが、本当に悪魔がいるとすればあんな動きをしていそうだ。

 僕は思わず悲鳴を上げそうになったが、歯を食いしばって声を押し殺した。


「あ、あれ……どうするんだ、雨宮さん」

「本来は、よっぽどの事がない限り悪霊が集まりやすい穢れの土地で、除霊や浄霊はするなって、お祖母ちゃんや、お母さんに言われているんだけどね。仕方ない、乗りかかった船さ。その屋敷とやらに向かう。多分そこにこの怪異の原因があるだろうからね」


 雨宮さんの言葉に、僕も斎藤先輩達もゴクリと喉を鳴らす。何よりこの場所から早く移動したい僕は、先生を振り返り目線で指示を仰いだ。

 正直言って、もう帰りたい。 

 恵子さんに憑いてる物は祓えたんだ。赤ん坊の霊だって、彼女がこの廃トンネルに一生近付かなければ、憑かれないだろう。

 その後は神社なり、お寺なりを頼って、御守りや御札を貰えば良いじゃないか。

 

「まだ明るいもの、行きましょう……! 先生は、この目で雨宮さんが浄霊している姿を見たいのよ。この世に霊がいる証明になるかもしれないわ」

「雨宮さんの力は本物だ。今度こそ本物の霊魂の姿を捕えて、心霊学を世間に認めさせなければ」


 若林先生は、さっきより乗り気になっている。恐怖よりも、真相を知りたいんだろうか。先輩達も、まるで戦地に向かう兵士のようなギラギラとした目付きで、一歩も引く気はないようだった。


「ははは……ですよね……」

「海野先輩、私が居るんだから大丈夫だよ。なんせ、私は雨宮神社の中で、一番霊力が強いって言われてるかんなぎなんだからねぇ。それにこのまま赤ん坊の霊がここで捕われているなんて、可哀想だから」 

「可哀想か……確かにな。本当に頼りになるよ、雨宮さん」


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