第二章 三話 オカ研合宿②

 どうやら、斎藤先輩の親戚は貸別荘の管理人をしているようで、朝から夕方まで仕事だという。
 僕達はひとまず、ご親戚の実家の方に降ろされると、先生達は荷降ろしの為に、宿泊予定の貸別荘へ向った。
 斎藤先輩がチャイムを押して玄関から出て来たのは、見るからにツッパリというか、不良の女の子だ。チューイングガムを噛みながら、僕達を軽く睨みつける。

「遅いよ、謙治けんじ。そいつらがオカ研の仲間?」
「久しぶり、恵子ちゃん。相変わらずとっぽいなぁ。そうだ。彼らは俺の可愛い後輩なんだ。お手柔らかに頼むよ」

 恵子さんと呼ばれた女の子が、従兄妹のようだな。オカルトマニアな斎藤先輩とは人種が違うというか、完全に正反対に見えるが、仲は良いのだろうか。それにしても、女の子とはいえ、気圧されそうなくらい迫力がある。

「こ、こんにちは。海野と申します。彼女は一年生の雨宮さんです」

 自己紹介をすると、恵子さんは僕の頭のてっぺんから、足の先までジロジロと眺め、顎で入るように促した。
 仮に、女番長のような出で立ちの恵子さんと殴り合いの喧嘩をしたら、間違いなく僕の方がやられそうだ。もちろん、女に手を上げるなんて、男の風上にもおけないし、そんな事はあり得ないが。
 機嫌を損ねないようにしておいた方が懸命だろうな。
 雨宮さんは、軽く会釈すると、いつも通りの涼しい顔をして、玄関の中に入っていく。

「あたしの部屋に男がいんだけど、そいつもトンネルでお化けを見たから、話を聞いてくんない?」

 恵子さんはそう言うと、二階の階段をリズミカルに上がっていく。
 わりと裕福な家庭に見えるので、彼女も幼い頃は、やんごとなきお嬢様だったんだろうか。
 部屋に入ると、まさに絵に描いたような暴走族の剃り込み男が、胡座をかいてタバコを吸っている。一生僕には縁のないあちら側の人間だ。
 流石に斎藤先輩も肝を冷やしている。
 眉毛も剃っているし、目付きも鋭いので、二人して蛇に睨まれた蛙のようになっていた。

「こいつがお前の従兄妹の謙治と、その連れか。オカルト研究部って言うからには、霊能者でも連れてくんのかと思ったけどよぉ。こいつが視てくれんのか?」

 恵子さんのボーイフレンドは、そう言って斎藤先輩を指差した。

「残念ながら斎藤先輩に霊感はないよ。視えるのは私と、海野先輩だけ。祓いに来たのはこの私だよ」

 雨宮さんは、不良を前にしても全く動揺する気配がない。僕は常々幽霊より生きている人間の方が怖いと思っているんだが、男の僕より、彼女は肝が据わっているな。
 恵子さんも、浩司と呼ばれた彼女のボーイフレンドも怪訝そうな顔で、雨宮さんを見る。
 しかし雨宮さんは誰が見ても凛とした美人なので、浩司と呼ばれた不良が少し、鼻を伸ばしているように思えるんだが……?

「あんたが、お祓いすんのかよ?」
「雨宮さんの霊感は本物ですよ。実は前回、僕も一緒に彼女と心霊現象を追ったのです。彼女は、雨宮神社の跡取り娘なんですよ」

 まぁ、かく言う僕も寺の息子なんだが。
 後輩を庇うようにして、付け加えると恵子さんはへぇ、と面白そうに笑う。なんだかあんまり危機感がないというか、ずいぶん他人事なんだな。
 斎藤先輩の話じゃ、毎晩霊現象に悩まされていると言ってたんだけど。

「それならさ。あたしになにが憑いてるか当ててみな。ぼったくり霊媒師に二回も当たってうちら、イライラしてんのよ」

 なるほど、そういう経緯があって恵子さんは疑心暗鬼になっているのだ。昨今のオカルトブームのお陰で、インチキ霊媒師が多くなってきたんだろう。

「とりあえず視るよ。私は斎藤先輩からはなにも聞いちゃいないからね」
「僕達は、恵子さんがとんでもない心霊体験をされたとしか、斎藤先輩からは聞かされていないので……、前情報はありません」

 雨宮さんは、正座すると背筋を伸ばした。斎藤先輩も、雨宮さんを興味深く見ている。
 これは彼女にあえて言わずに、雨宮さんの霊能力を研究するつもりだったんだな。彼女が集中するように目を瞑り、ふと視線を上げると、その瞳は紅く染まっていた。
 まただ。
 彼女が霊視をすると何故か目が紅く染まる。前回は僕の思い違いかと思っていたが、間違いない。
 やはり不思議な色に変わっている。

「あんた達は、トンネルに肝試しに行ったんだね。ここはもう、使われていない廃トンネルだ。トンネルの天井にも地面にも、蠢いている肉の塊がある。これは……違う、赤ん坊だ。へその緒がついているのもいるし、切られているのもいる」

 トンネルを這い回る赤ん坊を想像するだけで、身震いをしてしまうな。恵子さんと浩司さんは真っ青になって、雨宮さんの霊視に耳を傾けていた。
 彼らが視た光景はトンネルの中に蠢く、赤子の霊なのだろうか。だとして、赤ん坊と廃トンネルとの関連性が良く分からないな。

「そうだ。恵子は野良猫が鳴いてるって言って立ち止まった。俺もてっきり野良猫が盛ってやがるんだと思ったさ」
「あたし、猫が好きなのよ。家でも猫飼ってるからね。だから、お腹を空かせた野良猫だと思って、手を出しちゃった」

 恵子さんは、思い出したようにガタガタと震えている。よほどその光景が恐ろしかったのだろう。泣き出しそうになっていた。

「それが、駄目だったんだろうね。浩司さんの方には憑いてない。この赤ん坊の霊は、恵子さんを母親だと勘違いしているようだね。赤ん坊や子供の霊ってのはねぇ、厄介なんだ。大人みたいに、おさとししても、こっちの言う事を、聞きゃあしないからねぇ」
「それじゃあ、雨宮さん。どうやって赤ん坊の霊を祓うんだい?」

 考え込むように腕を組んでいた雨宮さんに問い掛けると、ふと僕の顔をじっと見る。そしてうーんと唸ると言った。

「私が有無うむを言わせず強制的に浄化するのも良いけどね。海野先輩は寺生まれじゃないか。赤ん坊や水子供養は寺の領域だ。お地蔵さんは子供を浄土に導くだろう。霊力のある海野先輩が経を唱えてあげたら?」
「ええ、僕の出番なのか?」
「もちろん、海野先輩だけじゃ無理だから私も霊力を込めるよ」

 突然、僕に供養しろと話を振られた事に動揺を隠せなかったけど、確かに神社で水子供養してるなんて、聞かない。
 僕の寺にも、お地蔵さんは安置されているし、寺生まれの僕としては断る理由はないな。

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