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塗料メーカーで働く 第五十三話 3人目の実習生

 1992年5月8日(金)午前9時頃 技術部の居室に 今年の新人実習生がやって来た。        

 中肉小柄 ぼさぼさ頭に眼鏡を掛けた彼は 「お世話になります。永野です。」と言った。 

 「川緑です。教育実習を担当します。よろしくお願いします。」と言って出迎えると 入り口近くの空き机を指して 「ここを使ってくださいと。」と言った。

 川緑は 過去の実習生のまとめた研修報告書を手渡し 「永野さんには これらの研究を継続してもらいます。 内容に目を通してください。」と言った。

 暫くの間 永野さんは それらの資料を読んでいたが その後 実験室に下りて来て 川緑を見つけると 「もっと手足を動かす仕事をしたいです。」と言った。

 「それじゃあ サンプル作りを手伝ってください。」と言うと 永野さんは笑顔になった。

 この頃 川緑は 古友電工社三重事業所向けのUVカラーインクの開発に追われていた。   

 三重事業所は 同社の千葉事業所よりも数年遅れて光ファイバーの生産を始めていた。

 三重事業所の製造ラインは最新のもので より高性能 より低コストの光ファイバーの生産を目指していて ラインに投入するUVカラーインクも硬化性の優れたものが求められていた。

 光ファイバー生産の主幹部門の生産技術部は 東西ペイント社に 千葉事業所で用いているUVカラーインクよりも更に高速硬化タイプのインクの開発を求めていた。

 彼等の要望を受けて川緑は TKM会の社共同研究で得られた知見を基に UVカラーインクの開発を進めていた。

 彼は インクに吸収される光のエネルギーに注目し インクの重合反応に寄与する光のエネルギーとインクの硬化性とを関連付け その結果をインクの設計に反映させていた。

 川緑は このやり方で 新タイプのUVカラーインク8色のサンプル 各1kgを作製していた。

 川緑は 「永野さんにお願いしたい研究テーマがあるけど まずは インクを触ってもらった方が そのイメージが伝わりやすいですね。」と声を掛けた。

 永野さんは 「私は 頭を使うより体を使う方が性にあってます。」と言った。

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