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塗料メーカーで働く 第六十話 製造ラインが止まる

  10月7日(水)午後4時頃 上期の新人研修発表会が終わり 技術部の実験室に戻って来た川緑に 松頭産業社 事務担当の浦本氏から電話が入った。 

 彼女は 「古友電工社 三重事業所さんから新タイプUVカラーインクの注文が入ったんですが 東京工場さんでは対応できないそうです。」と言った。

 この時 新タイプUVカラーインク各色は三重事業所に仮採用されていて 川緑は 東京工場への製造引継ぎを終えていたが まだ インクの生産体制は整っていなかった。

 東京工場の生産体制の遅れは 最近 現行のUVカラーインクの注文量が急増したことと 新タイプUVカラーインクの製造方法が 現行インクと異なっていたことによるものだった。

 東京工場 生産管理課は 今の体制では 新タイプのUVカラーインクの注文を受けられないと判断していた。
                     
 浦本氏は 「来週初めまでに新タイプのUVカラーインク13色が届かないと 先方の製造ラインが止まるそうです。 うちの菊川から この件は川緑さんに相談するように言われました。」と言った。

 「ラインがとまる」という言葉は殺し文句で それを聞いた川緑は 「分りました。 今回は こちらで対応しますので 注文を入れてください。」と言った。

 翌10月8日(木)午前9時30分頃 松頭産業社 浦本氏から川緑に 新タイプのUVカラーインク各色 合計 600キログラムの注文書が届いた。

 川緑は 他の全ての業務を止めて 新タイプのUVカラーインクの製造に着手した。

 インクの製造で 一番手間の掛かるのは ろ過工程だった。

 ろ過工程は 調合したインクを 20Lサイズの加圧タンクに投入し それと連結したろ過器を通し ろ過されたインクを 1Lサイズのボトルに詰める工程だった。

 インク各色をろ過する毎に 加圧タンクとろ過器を分解洗浄するのは 時間の掛かる作業だった。

 午後5時頃 永野さんは 実験室へやってきて 「川緑さん 今日は 同期で 研修の打上げがあって退社します。 お手伝いできなくてすみません。」と言った。

 川緑は 振り返り 「お疲れ様。 気にしないで 楽しんできて。」と言うと 作業を続けた。

 午後9時頃 私服に着換えた米村部長は 川緑のところへやって来て 「あんたが最後や 気をつけて作業してな。 ほな お先に失礼するわ。」と言って帰って行った。

 注文数量の半分を作製し それらを製品ボトルに缶詰した時には 翌9日の午前3時を回っていた。

 川緑は 守衛所へ行き 窓口にいた堀川さんに 「すみません。 仕事が終わらなくて。 今日は 会社に泊まります。」と告げた。

 50歳代中頃 中背 ふっくら体型 日焼けした丸い顔に 警備帽を深くかぶった堀川さんは 「了解。お宅も大変だね。」と言った。

 川緑は 居室に戻り 応接用の椅子を並べて その上に横になって仮眠をとることにした。

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