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塗料メーカーで働く 第十話 インクサンプル作製

  1988年1月5日(火) 仕事始めの日の午後に 3課の実験室で 森田係長は 川緑にUVカラーインクサンプルの作り方の説明を始めた。

 最初に森田係長は 「川緑君は薬品にかぶれたりする?」と聞いた。

 「いや そういう経験はありません。」と答えると 係長は 「インクの原材料にかぶれ易い体質の人もいてね そういう人にはこの作業はできないんだ。 もし かぶれたら知らせてよね。」と言った。

 森田係長は 実験室の棚に種類別に並べてあった化学品類を指し示しながら UVカラーインクの作製に用いる原材料と その中でかぶれ易いものを説明した。

 UVカラーインクを構成する原材料は 主にベースとなる高分子樹脂や低分子樹脂と 顔料等の着色材料と 光により重合反応を引き起こす光重合開始剤、及び添加剤とから構成されていた。 

 UVカラーインクの作製は まず 着色ペーストとクリヤーベースと呼ばれる2つの仕掛品を作る作業から始まった。

 着色ペーストは 顔料を低分子樹脂に分散したもので クリヤーベースは 光重合開始剤を高分子樹脂と低分子樹脂の混合品に溶解したものだった。

 着色ペーストは サンドミルと呼ばれる分散機を用いて作製された。

 サンドミルは 冷却装置の付いた容器と ディスク状の回転翼と 回転翼を回すモーターとシャフトからなり 容器には メディアと呼ばれるガラスビーズが充填されていた。 

 この容器に 顔料と低分子樹脂を混合したものを投入し ディスク状の回転翼を回すことで メディア同士が衝突し その間に挟まれた顔料の粒子が細かく潰される仕組みだった。

 クリヤーベースは 加温装置付きのステンレス容器に 高分子樹脂と低分子樹脂を所定の量だけ投入し その後 所定の量の光重合開始剤と添加剤を投入し 攪拌 溶解して作られた。

 係長は 分散機や攪拌機の取り扱い方を説明しながら 「これらの装置を動かす時は 巻き込まれないかどうか 安全確認するんだよ! 大怪我するからね!」と言った。

 午後3時の休憩時間の後に 森田係長は UVカラーインクのサンプル依頼を受けたときの 対応の手順について説明を始めた。

 電線メーカーからインクサンプルの依頼を受けると 3課で共用のサンプル管理台帳に依頼先と依頼サンプルの色と数量と納期と依頼元の希望等が記入された。

 インクサンプルを作製する時は 依頼を受けた数量を基に インクの配合表を作成し インクの配合量は 依頼の数量よりも多目に作成された。

 これはサンプル提出量に加えて保管用の控えサンプル分と サンプル作製時の目欠と呼ばれるロス分を考慮した数量だった。

 次に 作成した配合表を基にして インクの配合が行われた。

 インクの作製量に適した容器を用意し これに仕掛品の着色ペーストとクリヤーベースの所定の量を秤取り 攪拌機を用いてインクの混合、攪拌が行われた。

 次に 配合されたインクの品質検査が行われた。

 配合されたインクは その少量がサンプリングされ インクの性能規格に取り決められた項目について それぞれ検査が行われた。

 検査の結果が 規格内にあると確認されると 最後に インクの缶詰が行われた。

 インクは 精密ろ過機を用いてろ過され 所定の量をポリ容器に秤取り缶詰され ポリ容器には内容物と取り扱い注意事項を表示したラベルが貼られ 梱包され 電線メーカー各社へ発送された。

 森田係長はUVカラーインクの取り扱い方やサンプル対応の説明を終えると 「後は君に任せるからね  判らないことがあったらいつでも聞いてね。」と言った。

 森田係長が居室へ戻っていくと 川緑は このインクが一体どういうものかを感じ取るために全色のインクを作ってみることにした。

 彼は インクを構成する全ての原材料について その分子構造や特性値や取り扱い注意事項をノートに書き出して それらの素性を理解しようとした。

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