或る一週間(BFC5落選作)

 日曜日、指崎は自宅に小便器を設置した。これこそ最高の贅沢だと嬉しく思った。家に元々ある大便器は当然小便器を兼ねる。今まで自宅では大便器で小便をしていた。でも会社では他の男性と同様、指崎も小便器で小便を大便器で大便をしている。これがどこか気持ち悪かった。できるだけ外でしているのと同じことを家でもしていたかった。だから風呂場の半分を取り壊して跡地に小便器を作った。湯船と小便器が並んで新種のユニットバスみたいになった。これで入浴中に小便をしたくなったとしても小便中に湯船に入りたくなったとしても安心だった。指崎は早速、湯船に浸かって小便器を眺めたり、小便をしながら湯船を眺めたりした。満足だった。

 月曜日、指崎は在宅勤務をした。今日はせっかくだから家で排便がしたかった。小便を十一回、大便を二回した。普段の約二倍だったので少し張り切りすぎたと思う。大便は無理してもできないけれど、小便は無理すればたくさんできた。無理はよくなかったが、それでも指崎は幸福だった。ただ、一度だけ大便した弾みでそのまま大便器で小便までしてしまった時はかなり焦った。もったいないことをしてしまった、と思った。反省を生かして、夜ご飯の後に大便意が湧いた時にはきちんと大便器で大便をしてから小便器に移動して小便をした。もちろん手は二回洗った。  
 火曜日、指崎は会社に行った。会社での仕事は在宅勤務より捗るから良かった。ただ排便は自宅よりも捗らなかった。今まで外にしかなかったせいで光り輝いて見えた小便器は、自分だけのそれを手に入れた今はもう魅力がなかった。でも同じ部署の上司と排便のタイミングが被ったのは面白かった。十一時に並んで小便をした二人は、十四時過ぎにも並んで小便をした。十八時頃に同時でこそなかったもののトイレの入り口ですれ違った時、指崎は思わず笑ってしまった。完全に同じ周期で膀胱が一杯になったのか。もしくはだいぶ年上の上司だから指崎の二倍の頻度で排便している可能性もある。
 水曜日、指崎は帰りの電車で小説を読み終えた。飲食店で便座を上げて立ち小便をする男性に対して主人公がやたらと腹を立てるシーンが印象的な小説だった。男性は大便器では座って小便をするべきだったようだ。この飲食店に小便器さえあれば、と指崎は思った。大便器に小便器の役割を強いること自体に無理があるのだ。しかし小便器は男性だけのものである。小便器を愛する自分は男性的すぎるのだろうか。逡巡しながら自然と目の前に座る女性を女性代表として凝視しすぎていたことに気づいた指崎は、急いで罪滅ぼしのようにその隣に座るおじさんを眺めた。二秒で見飽きた。  
 木曜日、指崎はスーパー銭湯にいた。指崎は大浴場の脱衣所に隣接しているトイレが好きだった。公共のトイレの中で唯一全裸で排便をする人間が時折見られるからだ。たしかに筋が通ってはいる。脱衣所には全裸の男性がたくさんいる。全裸でいていい空間に付属したトイレは全裸でいていいはずだ。女湯でも同じことが起きているのだろうか。昔気になって当時の彼女に聞いたことがある。そんな人は見たことがない、と言われた。だが指崎は全裸で排便をする女性の存在をまだ疑っている。  
 金曜日、指崎は遅くまで残業していた。息抜きにトイレに行きたくもなったが、この時間帯のトイレは汚いからあまり好きではない。小便器周辺の地面は一日分の小便の水滴で滲んでいる。「もう一歩前で」という張り紙を無視して、できるだけ地面の染みを踏まないように小便をする。「いつも綺麗に使ってくださりありがとうございます」という警句が虚しい。小便をした後、まだ仕事に戻る気になれなかったので大便もしようかと振り返ると個室は三つとも埋まっていた。同じフロアにはもう指崎ともう一人、二人しか見当たらないのに。会社では小便器より大便器が人気なのだろう。でも大便器が全て扉で隠されているおかげで、小便器しか存在しないトイレのように感じられて指崎は嬉しかった。  
 土曜日、指崎は駅の個室トイレにこもっていた。決して休日に好んでこもりたいような場所ではない。汚くて臭くて一刻も早くここを出たかった。でもお腹を壊しているのでしょうがなかった。便意に流されるまま、小便も大便もまとめてこの大便器にするしかなかった。気分は最悪だった。能動的でない排便はクソだ。だいぶ時間が経ってやっと動ける気がしてトイレットペーパーを巻き取ろうとするとなぜか丁寧に三角折りされていた。思わず便器の汚さと見比べてみてとても皮肉だった。

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