アグニ

 ワレメイシなんて酷いあだ名をつけられたオブジェが我が校の正面にある。遠目に見れば巨大な打製石器が二つ並んでいるように見えるだろう。俺はそのわきの辺りでハセガワ君と出くわした。
 入りたての頃は髪を短くしていて、その毛髪が針のように硬いから帽子を被れないのだと言っていた。しっかりしたフェルトなら別だろうがそこらの野球帽の生地などは突き通されてしまうのだ。そんな剛毛も今ではウルフ風のおかっぱにまで伸びている。俺は笑って、てっきり女の子がそこを通るんだとばかり思っていたから心底驚いたと伝えた。身長も平均よりだいぶ低いものだから、俺は信じて疑わなかったのだ。
 「僕がトイレに行くと皆びっくりするよ。入ってくるやつは間違えて女子トイレに来たんじゃないかって思うし、個室から出てきたやつは男子トイレに女の子がいるって勘違いするんだ。」
 ハセガワ君の口調は早口で、しかし聞き取りやすい。個人的に武道の練習をしていたからかもしれない。それでも持ち前の遠慮がちな性格がにじみ出ていて、安心して気を抜くと彼の台詞を取り落とすことになる。彼との会話は図々しくない鳥に餌をやるのと同じだ、といってもいいかもしれない。ただ、ときたま彼の方が遠慮がちにえさを撒くこともある。その時の俺はむしろ図々しい鳥だ。
 彼はほとんど学者と言っていいほどたくさんの小難しい本を読んでいて、うちの哲学科で数少ないインド哲学を語れる友人だった。
一昨年前の演習で俺は自由発表としてナーガールジュナの空の思想を説明したのだけれど、生徒のうち彼だけは俺の言っていることを理解してくれたように感じた。皆は言葉の流れは分かったけれども、それが何を言わんとしているかが分からなかった。そもそもの内容が難しいし、俺も力不足なんだから、どうしようもないことだけれど、ハセガワ君は席を立って俺の隣に立ち何かややこしいことを色々と言ってくれた。それは当時の俺の心にあったものと大変近しく、俺たち二人だけが終始盛り上がっていた。あの時彼はどんなことを言っていたんだっけ。ともかく今の彼は正義に関することを色々と考えているようだった。
「鋳型を作ってそこに流し込むって言うのじゃだめだと思うんだ。たしかにそうすれば道徳も正義も大量生産は出来るかもしれない。でもその本質までは与えられない。」
「なるほど、教育の問題か。やっぱり弊害は大きいかな。」
「うん、僕はそう思う。仮にもしある正義とされる命題があったとして、それが大衆に植え付けられるとそれが彼らの知の地平線になっちゃうんだ。牢に繋がれたみたいにそこから抜け出せなくなる。これは不自由だよ。大衆っていう正義の水溶液全体よりも一人による獲得ってことの方が大切なんだ。むしろこの一人のためにその他の有象無象が有ると言ってもいいくらい。」

むかし、独裁者と言うのは一匹を捕まえるときいたことがある。一匹までも捕まえようと
するのか、それとも一匹だけを捕まえようとするのかは怪しいけれど。彼の言うのは神とか根本原理とか宇宙による独裁と言ったところかもしれない。よくわからないけれど、ともかくそんなふうにいい加減なことを頭に思い浮かべた。俺は話を聴く時に目線をあちらへやったりこちらへやったりする癖があったから、どこかのタイミングで彼が左手に持っているミカンに気が付いたのだった。
 「あら、どこからもいできたんだ?」
 「ナガラ先生がくれたんだ。今日先生の部屋にお邪魔した時に。実家か親戚の家が愛媛にあるらしい。」
ミカンは見たところどうということのない普通のミカンだったが、彼はとても嬉しそうである。
そうか、彼のリュックは荷物で一杯なので入れるわけにはいかないし、コートのポッケでも潰れないとは限らないからこうやってずっと手に持ってきたんだ。俺はその様子を思うと何とも可愛らしく思うのだった。
「いいおやつになるな。」と俺は言ったが彼はミカンを見つめながら小さく首を横にふる。
「なんだかもったいなくってさ。」

ハセガワ君の予想した通り午後の授業に先生はミカンを持ってきた。どうぞ自由に持って行って下さいというのである。レジ袋の中に、さっき彼の持っていたミカンの兄弟だか姉妹たちがゴロゴロしていた。
俺は卒論の準備がなかなか進められていないのがなんとも恥ずかしく、小さくなってお辞儀をし、一つをくすねるように持って行った。
「まぁ、ミカン農家のものじゃないし、小さいけれどもおいしい。」と先生はおっしゃった。「おいしい」という言葉がセリフの尻に置かれたことがなんとも有難く感じた。なんていうのか、珍しく嬉しいことに思えた。

授業後、俺は水を飲むついでに食堂に立ち寄って、そこでミカンも食べてしまうことにした。ハセガワ君みたいな微笑ましい楽しみ方は俺に出来そうもなかったし、卒論準備が遅々として進まぬ罪悪感と申し訳なさが、ミカンを早く味わってしまおうという気にさせた。
思えば随分久しぶりに食べるなぁ。小学校の頃は一週間に三回くらいは出てきたものだけど、今となっちゃ果物を喰う事も珍しくなった気がする。
皮は一つの屑も出ずにきれいにむけて、ギラギラと陽光を放つインドの太陽みたいなシルエットになった。俺はこれにアグニと勝手に命名した。
俺はアグニを眺めながら果肉を食った。なかなか馬鹿にならない。近頃はコーヒーやカクテルの風味にばかり気を取られて、ミカンを味わうのを忘れていた。果実というのは、特に丸ごと食べる場合には、人の心を浄化する力があるかもしれない。俺は心に森を見ていた。
アグニは、連れて帰りたかったのだが、そうしたところで風流な保存方法もなく、結局は腐っていくだけに思われた。仕方なく燃えるゴミに捨てることにしたが、折よく菓子の箱が上の方に捨てられていたので、俺はアグニをこの筏にそっと載せてやった。

ミカンを楽しむのも悪くない。

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