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半年後の自分への置き土産

というなんともエモーショナルなタイトルをつけてみたが、本当に自分のための置き土産なので、別に私以外の誰かが読んで面白いものではないだろう。ただのメモである。

長い前置き

先日、男性差別の現状を記述するためにエンペディアを始めた。エンペディアに加筆するために男性差別の現状をちまちまと調べ始めたところ、これはちょっとやそっとの仕事ではないぞ、ということに気づいたのだった。マスキュリズムは「男性差別の可視化と撤廃のための学問」にならなければならないと常々思ってきたが、まさにこの種のデータの分析は、一つの学問としてじっくり腰を据えてやらなければならないもののようだ。

ここ一年ほど、私は色々な論文を読んで、理解できるようになってきた(後述するが、ジェンダー研究の論文ではない。そもそも現在のジェンダー研究の論文には読む価値のあるものはほとんどない)。そうしているうちに、立派な研究者と世間では目されているような人でも、データの扱いや論理のミスを、意外とちょくちょく犯していることも分かるようになってきた。いわんや一般人をや。

私は子どものころから算数ができなくて、それができる世の中の人たちというのはさぞ頭がいいんだろうと思っていたが、今さらちょっとばかり勉強をして、人類の知性というのは、実のところどうも大したことがないものだと気づいたような形だ。平均的な人は釣銭の計算が私より早くできるのだからもうちょっと高度なこともできるのだろうと思いきや、学者でも意外と簡単な計算すらできないものだということに気づいてきた。だから人間はそれぞれ乏しい知性を持ち寄ってなんとかかんとかやりくりをして学問を回さないといけないのだろう。

その中でマスキュリズムの世界はことにリソース不足だ。女尊男卑主義が蔓延した現代社会では、女尊男卑主義のラディカル・フェミニズム研究には潤沢な資金があり、研究者が集まるが、ジェンダー平等主義のマスキュリズム研究でアカデミック・ポストを得ることは絶望的である。金にならないので、マスキュリズムには誰も寄り付かない。ただ義侠心だけで手弁当でやらなければならない。

しかもこういう地味な作業は人から見向きされない。ネット上では「レスバ」が盛り上がる――というのは「エンペディアはじめました」の記事でも述べたことだ。

さて、そういうわけで男性差別の現状を剔抉するためにデータの分析をしなければいけないのだが、しかし、今の私にはその時間がない。これから半年あまり、学位論文を書くなどの多忙な時期が待っている。その中で、私はマスキュリズム研究をやっている暇がない。――昔は私もジェンダーについての学問を専攻しようと考えていたことがある。しかし、ジェンダー研究の世界は女性中心主義で、男性差別が一般社会以上に横行しており、差別を「正義」と規定しようとする主義が大手を振って権威として罷り通っている。そこには真実を追求しようという姿勢は誰にもなく、ただ女尊男卑イデオロギーを肯定するためだけの、現実を無視した理論づけが行われている。その現状を見て、これでは私のしたい研究はできないと思ったのだ。私が学位を取るには、ジェンダーではなく、きちんと真理を追求できるような学問分野に移らなければならなかった。――私がそうこうしているうちにも「男性」という存在に対する不正義は行われつづけている。エンペディアを始めたのは、ある意味でその現状に対する現実逃避でないといったら嘘になるだろう。

だからまずは現実を直視して、ジェンダー研究ではない領域での学位を取らなければならない。半年ばかりして、それが出来たら、私はまた戻ってくるだろう。その時のための、自分への置き土産だ。

過労死者数

前置きが長くなった。

当初、茂澄遙人さんの記事をウェブアーカイブで見て参考にしてエンペディアに加筆しようと考えていた。

しかし加筆のために裏を取ろうとしてみると、茂澄さんの巧みなグラフにもかかわらず、そこで示された数字はひょっとするとあまりきちんと調べられたものではないのではないか? という疑いが頭をもたげてきたのだ。

まず、この画像。「同性愛における男性差別」の記事でも使わせてもらったものだ。だが、裏取りをしようとしてみると、どうしてこの数字になるのか分からない。

茂澄さんの「過労死者数」の画像

まず、「2021年」とあるが、これは年度ごとの統計のはずだ。令和2年度(2020-2021)の集計の意味で「2021」にした、と好意的に解釈するとしても、令和2年度の数字を見ると、以下のようになっている(令和2年度「過労死等の労災補償状況」を公表します|厚生労働省)。

・「脳・心臓疾患の労災補償状況」の「うち死亡」の「決定件数」の「うち支給決定件数」は全体67、うち女4。
・「精神障害の労災補償状況」の「うち自殺」の「決定件数」の「うち支給決定件数」は全体81、内女4。

脳・心臓疾患の労災補償状況(令和2年度「過労死等の労災補償状況」より)
精神障害の労災補償状況(令和2年度「過労死等の労災補償状況」より)

足すと全体148、女8になる。茂澄さんが示す「男216、女17」という数字はどこから来たのだろう。表をあれこれ眺めてみたが、見当もつかない。茂澄さんは女性の過労死者を「8%」としているが、8%どころか5.4%だ。しかもよく見ると茂澄さんが示す数字でさえ、17/(17+216)=7.296…%なのだから、8%より7%が近いはずだ。ひょっとしてなのだが、茂澄さんは17/216=7.87…%と計算して四捨五入して「8%」にしてしまったのではないか。

それにしてもこの厚生労働省が準備した表自体が実に見づらく、使いにくい。「うち自殺」が未遂を含むといったトラップまで仕掛けられている。すると自殺者数は何人なのか。厚労省さん、情報はもっとちゃんと分かりやすく出してくれませんか……。

「内数」をやめろ!

これは茂澄さんではなく行政、特に厚労省への文句なのだが、「内、女何人」という示し方をやめてほしい。「死亡者n人、内女m人」だと残りのn-m人が全員男なのか、不明が含まれているのか分からない。少なくともどっちなのか書いといてくれよと思う。まあ女だけ内数で示すなら文脈上残りは全員男なんだろうけれども……。

私は以前「透明化される「マスキュリサイド」(男殺し)」の記事で、「平成28年版 犯罪被害者白書」を元に犯罪被害者の男女数のグラフを作った。そのとき、男の数は男女の計から「うち)女」を引いた数とした。文脈上、これはおそらく正しい数ではあるのだが、この書き方だと「男」に「性別不明」が含まれている可能性が排除しきれていないことになる(もちろん、おそらく大丈夫なのだが)。

労災事故死者数

しょっぱなから出鼻を挫かれたが、次に労災事故死者数である。

茂澄さんの「労働災害死者数」の画像

茂澄さんは「経済学論纂(中央大学)第59巻第5・6合併号(2019年3月)「労働災害・職業病・安全衛生とジェンダー」石井まこと」を出典として挙げる。

そこに示された数字が正しいかどうかはもうめんどくさい……じゃなくて時間がないので今は出典に遡ることはしないが、この論文は冒頭を見るだけでかなりひどい論文だということが分かる。

この論文では大森(2012)の「労災はともすれば暗黙のうちに男性の問題として受け止められる傾向が強く,女性の労災が看過されやすい」という暴言が肯定的に引用されることから始まる。そして、「本稿では,この大森(2012)の問題提起をふまえて,これまで議論の俎上にあがることがなかった労働災害(以下,労災と表記)・職業病・安全衛生とジェンダーとの関係性について論じる.」というものだという。

現実には男性が多くの労働災害を被っているにもかかわらず、それはほとんど誰の注目も浴びず、大して報道もされない。ところがたまに女性が労働災害に遭うとマスコミは大騒ぎをして社会問題になる。事実、この論文中でも電通過労自殺事件が「マスメディアで大々的に取り上げられている」ことに言及しているのだから、この論文の著者がこの現実に気づいていないわけがない。にもかかわらず、この論文は男性の負わされた問題としての労働災害を現状以上に軽視し、女性の労働災害だけはもっと社会的に重要な問題として取り上げ、社会的リソースをそちらに割こうとするのだ。こんな馬鹿な話があるだろうか。

茂澄さん、こんな論文をソースにしちゃだめよ……。そもそも孫引き自体がよくないことで、元のデータを辿らなければならない。(2024年10月2日追記: 戻ってきたので元の論文をざっと見たところ、労災死傷病者の男女比は非公開であり、石井氏が厚生労働省に問い合わせて得たデータであるという。それならば孫引きは仕方がないので、茂澄氏に謝りたいと思う。)

自殺者数

さて、もうこうなってくるとこれ以降は自分で調べた方が早いという気さえしてきた。

厚生労働省と警察庁の「令和4年中における自殺の状況」(令和5年3月14日)にはこんな表が載っている。ありがたい! 内数じゃない!

自殺者の年次推移(「令和4年中における自殺の状況」より)

この表があれば小学校の算数さえできれば円グラフが書ける。令和4年の自殺者は、男性が67.3%、女性が32.6%だ。

14,746+7,135=21,881なので、21,881は余剰な情報、というふうに思って削ってしまう人もいるのだろう。しかし世の中には、チェックディジットのような、なくてはならない余剰な情報というのもあるのだ。

いやまあしかしデータとしてそのまま使えないPDFはいかがなもんかとは思うけれども。

ちなみに、自殺者が多かった平成15年を見ると、自殺者の72.5%が男性だったりする。

参考までに

男性の置かれた状況をまとめた見やすいグラフ集に、そろそろ新しいバージョンが必要だろう。過労死者数・労災事故死者数・自殺者数を調べるだけでこのとおりで、意外とこれだけでも簡単な仕事ではなかった。

この種の画像がネット上には出回っているが、出所が分からなくなっている。画像だけ出回ってみんな出典を貼ろうとしないのは、よくない傾向だと思う。一番新しいのが2018年のデータだったりして、そろそろちょっと古い。

こちらは少し新しい(2024年4月27日追加)。

英語で「Male privilege」と画像検索すると、英語のこの種の画像がいくつもヒットする()。参考になるだろう。

最後に、半年後の私へ

とりあえず、今の私にできるのはこれが精一杯です。男性差別の現状を明らかにするのは、1日2日でできる仕事じゃありませんでした。

未来の私、後は任せた。頑張って。

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