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清風明月


はじめに。

おはようございます、こんにちは、こんばんは!りあんと申します!
前回に引き続き、四字熟語シリーズより清風明月を解釈していきたいなと思います。今回もいつも通り完全自己満足の解釈ですので、個人的な好みや考え方が多く含まれる文章となっています、それを踏まえてご覧いただけたら幸いです!

また、今回はYouTubeのないこさんのコメントより「月白風清の返歌」として考えていきたいなと思います。1部文章を省略していますのでご了承ください。登場人物の名前は前回同様(男性側→天夢 女性側→華)です。それでは!

本編

白く光る月が 照らす影が二つ
決して戻らない砂時計も 逆さにできたなら
こんな袖を濡らすのなら
恋も愛も君も知らないままで

清風明月

初めは月白風清と同じような情景描写からはじまります。
砂時計を逆さにする、つまり時間を巻き戻すことができたなら、と後悔の念を匂わせる詞です。
こんなに悲しい想いをするならいっそのこと何も知らないままが幸せだったのに。
よく恋愛小説などで見かける気がします。でも当たり前ですがそんなことはできませんよね。
ところで私の解釈の元となっている竹取物語のかぐや姫、原作では姦淫の罪、つまり神の子を身ごもってしまったことで不義密通(今でいう不倫とようなもの)を疑われ、罰として地球に降りてきたとされています。
この罪よく考えるとめちゃくちゃきついと思うんです。不倫を疑われ追放されたうえに、地球でやっと素敵な男性と恋愛できていたにもかかわらず幸せの絶頂で引き離される、、感情ぐっちゃぐちゃにされる仕打ちですよね。

『越冬の年月が強さとなりて
咲き乱れるは朱月夜が照らす千日草
朧げな春を迎える 彼岸の花』

清風明月

この部分は歌詞ではなく、MVに出てくる文章です。
いくつもの冬を超えて、朱い花が咲き乱れる。千日草の花言葉は「色褪せぬ恋」と「不死」。また、赤い彼岸花の花言葉は「情熱」。
ここでは千日草は色褪せぬ恋が似合うかなと思います。天夢と華が会う月夜のもとで色褪せぬ恋を、静かな中でも情熱的な恋を誓います。
彼岸花は亡くなった人を連想させるものでもあるそうです。だから朧げに見えているのかなと、、

月夜に光る君の花笑み 空鏡 有れば 恋焦がれ

清風明月

花笑みって綺麗な言葉ですよね。空鏡とは「空にかかっている鏡のように澄んだ月」という意味らしいです。そんな澄んだ月の下、天夢の咲いた花のような笑顔を見つめる華。まあそりゃ恋に発展しますよね、、

千の夜を数えて 揺蕩って消える 私は
きっと咲かない 恋をした

清風明月

揺蕩う、とは「ゆらゆらふわふわと、物理的、心理的に定まらない状態」のこと。いくつもの夜を重ねても、最終的にはふわふわと消えていってしまう華の恋は花開くことはありません。

忘れられないの また触れたいよ
動かない針 白露降る刻 夜寝
荒野で頬を伝うのは秋時雨

清風明月

あなたが消えたあの時から時計の針は止まったまま。白露降る刻というのは季節などの区切りである七十二候のひとつだそうです。
秋の長雨の中、寝ても起きても静かで寂しい時間から進むことがない時間をもどかしく思っているのかなと思います。
時間が止まっている、という表現のあとに季節の言葉を入れて時間の進みを表している部分、自分だけ置いていかれてしまったような虚しさを感じます。
また、頬を伝うのは涙ではなく秋時雨。秋の終わりにふるこの雨は降ってはすぐに止むものの、やはりわびしさが残ります。私の解釈上のモチーフであるかぐや姫の物語では女性は記憶を消されてしまいます。だから華も涙は流していないのかなと。または、なぜ自分が泣いているのか分からないから、降っている涙のせいにしたのかもしれませんね。

覚えててね 照らす月夜に舞った願い
暗い闇夜に去った想い
2人よがりな想い出の場所 愛そう
 

清風明月

華はきっと忘れてしまうから、天夢に覚えておいて欲しい。月夜と闇夜に誓った愛も思い出も、2人が寄り添ったあの場所も全部ひっくるめて愛すことを約束します。
舞った、去った、というような表現は、なくなってしまったというよりはフェードアウトしていくようなイメージを持ちます。記憶が薄れていってしまうのを想起させる詞ですね。

最期に交わした「大丈夫 もう」
終に消える 切れる
あの日の夢に 君の好きな春を添える

清風明月

最期、という言葉とMVの映像から、華は亡くなってしまったのかなと思います。ただ断定はできないのでそこは読み手次第、という感じな気がします。
ところで大丈夫って何が大丈夫なんでしょうか?
私が居なくてももう大丈夫、心配しなくてもあなたのことは忘れないから大丈夫、、?
どんな解釈にしても華の優しさがにじみ出る部分だと思います。加えて「交わす」という言葉からこの言葉を送りあっているのだろうなとも解釈できます。
消える、切れる…つまり華がいなくなってしまうということ。いなくなったあの日の夜は寂しくないように君の好きな春を。
ここでもうひとつ、なんで天夢は春が好きなんでしょうか?明るいから?花がたくさんあって綺麗だから?
よく分からなかったので試しに春の月を調べてみると、春の月は空が水分を多く含むために、どんよりとした空に柔らかい光の月が昇るそうです。おぼろ月ほどではなくても、あたたかく親しみを覚えるんだとか。
これ以上思いつかなかったので私好みにまとめると、(解釈というより願望こじつけです、、)温かみのある月に柔らかい笑顔の華を重ねたのかなぁと。
華がいれば大丈夫、そう思う天夢に寄り添った願いです。

決して灯らぬ恋蛍も
玉響の日々をどうか照らして
白い月夜に消えて 無くなってしまっても 
私はずっとここで 君といた

清風明月

恋蛍とは恋焦がれる想いを蛍の火に例えた言葉らしいです、綺麗な言葉ですね、、
玉響は少しの間という意味。
ほんのわずかの間恋焦がれた天夢への想いが灯らなくても、その日々だけは思い出として照らしておきたい。それ自体に火がつくこと、花が咲くことはなくても、まわりに火を灯して、彩っておきたい。
消えても一緒にいたい、という思いがこれ以上なくこもっているように感じます。
月白風清の歌詞で『白い月夜に消えてった 君がいた』という部分がありますが、その対句のような詞となっています。

眠る私の手を取って
ねえ 子供みたいに泣かないで
あぁ 君が好き

清風明月

これはMVを見れば見るほど切ない部分なんですが、華の手を取って泣く天夢が描かれていますね。
子供みたいに泣きじゃくっている天夢を見て、虚しいながらもこんなにも想ってもらえていることに幸せを感じる華の心情が読み取れます。
月白風清のセリフ祭りの場面、
『幸せになってね』『今がいちばん幸せだよ』という場面が関連していそうですね。
『幸せになってね』と儚げに語る華に愛を伝えて幸せそうに微笑む天夢ですが、やっぱり寂しさには打ち勝てず、せめて華に見えない、気づかれないところで泣こうとしたのかなと感じました。(気づかれていますけど、、)

月夜に光る君の花笑み 空鏡 有れば 恋焦がれ
千の夜を数えて 揺蕩って消えた 私は 
ずっと 君が 好きでした

清風明月

そしてラスサビ。ほとんど歌詞は1番のサビと変わらないので最後の最後のみ表記します。
ずっと好きでした、そう想いを伝え、儚げに終わります。
月白風清も清風明月も、好きでしたという言葉で終わります。両想いだったことを再確認できますね。

おわりに。

和風曲、やはり難しくてなかなか解釈出来ませんね…
意味を調べてそれらをいい感じに繋げただけに感じる部分が少々見受けられますがご容赦ください。
そんななかですが、月白風清、清風明月と勝手ながら解釈させていただきました。次回は胡蝶之夢を解釈させていただきたいなと思います!
いつになるか分かりませんが、見ていただける方は時間のある時にでも暇つぶしでご覧いただければ幸いです!
今回もご拝読ありがとうございました!!


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