第5回勉強会(2021.11.19)より 後編

(勉強会の議論を連載していきます)

2021年3月、中国の衛星が旧ソ連の96年に事故にあった残骸と衝突した。破片は清掃する手段もないなかで地球上空を周回し、将来また新たな事故の元となる。2009年には稼働中の衛星同士が衝突した事件もある。この勉強会でもこれまでデブリについて取り上げてきた。これはいまや投資家にとって理解するべき重要な環境問題のひとつだ。2021年11月19日に開催した第5回目の勉強会は、デブリ除去の事業で急速に注目が高まっているアストロスケールの岡田氏にお話を聞くことができた。これはその後半となる。

軌道上サービスを支える技術やルール
 岡田氏は後半技術について丁寧に説明した。軌道でデブリを除去するにはまず捕まえなければならない。それには「ランデブー&プロキシメティ・オペレーションズ」という技術が必要となる。まず宇宙にでると、どれが目指すゴミなのか見極める必要があるが、これがとても難しいそうだ。なぜならゴミも秒速7、8キロで旋回しているからだ。地上から完全に正確に場所がわかっているわけではないのに、その真後ろにつくように打ち上げなければならない。つまり、近づいてからセンサーで位置関係を捉えることになる。そしてさらに自転もしているデブリを、相対速度がゼロになるよう調整し、捕まえて下に落とすという作業を行う。捕まえ方はアームと磁石があり、その作業を自動運転で行う技術を持っている。2021年の3月にはELSA-dという実証衛星を打ち上げた。
このような新しい産業には様々なルールが必要となるが、アストロスケールはその取り組みにも関わっている。事業だけでも忙しい中、FAA(米国連邦航空局)のアドバイザリーボードの議長や、CONFERS(米国国防総省サポートによるRPO技術のルールづくりの団体)の議長を担い、ルール作りにも取り組む背景は、標準化の重要性に対する想いだ。よく日本は標準化、オープン化に苦手といわれているが、市場を作り上げていく際、もっとも重要な視点といえる。岡田氏がこの市場を選んだ理由は、この軌道サービスはこれから社会の基盤インフラになるだろうと思ったからだそうだ。「かつて日本の事業家は、何もないところに、鉄道を敷き、街をつくり、百貨店や野球場を作ってきた。そういった基盤インフラをつくることに憧れていた」と語った。
 参加者の一人が質問をした。「しかし、デブリを除去するというのは、誰がそのコストを負担すべきものだと思いますか?・・・軌道は道路と似ていると思うのです。本来は公共機関がお金をだして、使用料をとったりするものなのかなと思うのですが。政府がデブリを除去するということは始まっているようですが、例えばこれから衛星を打ち上げる人たちが保険に入ったり、自分の打ち上げたものがデブリになった時、対処できるようお金を払うという形で費用負担が進んでいくと考えたらいいのでしょうか?」これに岡田氏は「デブリ問題は今、①認識する段階、②受容するという段階、それから③各国でルールを作る段階まで来ていると思います。次は④グローバルルールにする段階です。今は保険業界が重視しています。誰がいつ壊れてもわからないわけですから、宇宙保険業界では、この議論が真っ盛りで、国の動きを待たず先に動きを見せるかもしれません」と答えた。

軌道の価値をあげる? ⁻⁻高速道路か、カーボンタックスか?--
 デブリ問題の想定される解決は“カーボンタックス”と似ているようなところがある。司会は岡田氏に「規制で、これから打ち上げをする人は必ず片付ける時の計画をたて、御社のサービスのようなものと契約をしておきなさい、という可能性はないでしょうか」と聞いた。
 すると岡田氏は、確かにそれはあるかもしれないと述べ、実はこれまで米国がデブリ除去に対して積極的ではなかったというやや意外な事実に触れた。それが2021年頃から急にデブリ対策に積極的になったこと、その理由は、米国は戦車なども衛星でコントロールしているため、頻発し始めたデブリの衝突が国防上無視できないところまできたようだ、と話した。
 また別の参加者から「衛星を長生きさせるということは、通信衛星や放送衛星を持っている企業からみたら、この契約をしたほうが事業としてうまくいくということはないのか」という指摘も出た。岡田氏はうなずきながら「多くの衛星を打ち上げてサービスを行う、“コンステレーション”を展開している事業者では、彼らの衛星の軌道が極で重なり、故障機があると衝突リスクがある。軌道を汚染させないために故障機を除去したいと考える。また彼らの衛星の寿命はだいたい5年から7年だが、寿命が来ても代替え機がタイミングよく打ち上げられないかもしれない。インターネットサービスなどでは衛星の数を減らせないので、少し寿命を伸ばしたい時がある。そんな時、このサービスを使うことでコストが安くなる場合がある」と述べた。
 別の参加者はそれらを聞いて「たとえば軌道にプライシングができれば・・・この軌道はとてもきれいな軌道です、だから保険会社としても保険料を安くできるといった考え方はないか?つまり新しいクリアな軌道を作って提供すると・・・」と逆側からみた視点を述べた。岡田氏は頷きながら聞いたのち、宇宙基本条約では、宇宙は誰でもアクセスできる、となっているので難しいだろうとのべ、またこれから参入する国からみたら、自分達が使う時になったらそういうコストを払わないといけないといわれることは不満かもしれないと述べた。それも全く、エミッションと共通する課題だ。

投資家からみた”ナップスターモーメント”
参加者にとって、岡田氏の話は全て興味深かったが、それでも最も参考になったのは、投資家は宇宙産業に取り組む企業や事業をどのように見るべきか、という点だ。
司会は「この勉強会をはじめて今まで、宇宙開発に取り組む企業や事業の評価として、デュアル開発はどうか、とか同じ技術が何に使えるか、取り組む企業はおそらく若い企業だろうからガバナンスはどうか、収益化の目標は何年後ぐらいなのかといったことをチェックするべきかどうか議論をしてきました」と振り返り、「しかし先ほどの岡田さんのお話で、重要なこと抜けていたなあと思いました。ビジネスモデルですよね。いったいどのようなビジネスモデルを描いているのか、それが先ですよね」そうしたら次は、そのビジネスモデルは実現可能か、経営者は実現する手段を有しているのか、リスクは?ライバルは?と考えて行くことになる。・・・つまり宇宙産業であるからといって、特別なことはないということだろう。
 しかもデブリ問題は軌道で事業をする全ての事業者、国家や組織がこれから必ず意識しなければならないことであり、裾野が非常に広いビジネスだ。どんなに大変でも我々はすでに衛星に頼らない時代に戻れない。となれば、需要が高まるのはもう目の前だろう。
「結局大きいゴミはいつか衝突して爆発します。そうすると全然違う軌道に巻き散らかされてしまう。あまり自分と関係ないと思うゴミでも、(軌道上でビジネスをしている限り)除去しないといけないのです。・・・浜辺で空き缶が転がっていても気にならないかもしれませんが、それが秒速8Kとかで飛んできたらと考えると、遠くのゴミでも気にしなければなりません」
岡田氏は最後にこんなエピソードを話してくれた。「ナップスターモーメントという言葉ご存知でしょうか?98年ぐらいにナップスターというソフトウエアができて、音楽をネット上で共有できるとサービスだったのですが、99年に裁判でアウトになってなくなりました。実はそれまでは、インターネットは一部の人だけがやるものでしたが、ナップスターがでてきてからはみんながネットに繋がるようになったんです。振り返るとほとんどの現在の大型プレイヤーはその前からプレイをしていました。宇宙業界は“ナップスターモーメント”がこれからくると思っています。だから今プレイしておくことがとても大事だと思っています」
投資で成功するためにも、ナップスターモーメントより前に目をつけることが必須だろう。だから今興味をもつべきだ。今ここは?という企業や事業を理解して行くことが投資家の役割であり、きっとその中の誰かが、将来の巨大プレイヤーになるかもしれない。そのためにはより多くの事業をみて、自分で判断できるようにならなければならない、それが地球の未来と宇宙投資を考えた時、投資家の責任だといえるだろう。

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