二次方程式に親を殺された男は青春と矛盾するか

https://twipla.jp/events/361264

に謝意を込めて。

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登場人物

・廻間雪生(14) 二次方程式に親を殺された男
・五升アンリ(14) ヒロイン あだなはアーニャ
・丸亀芽衣(24) 雪生の担任 指導教科は歴史

本編

 何の情緒もない学生生活だった。
 中学三年間は人を荒廃した大人にするのに充分な期間である。[中学で学生?]
 夏の期末テストを前にして、廻間雪生の心はもうすっかり自称十八歳ぐらいになっている。[年齢の意味がよく分からない]
 女の子に言い寄られたぐらいではびくともしない、いろいろな経験を重ねている、つもりになっている。[文末の重複。表現曖昧]
 廻間雪生は無駄にイケメンで、小中学生ぐらいだととりあえずモテるタイプである。今日も休み時間には三人に声をかけられた。[流行に乗ろうとして滑った感じ。時間のスケールがわからない]
「友達になってください」
「ごめん、無理」
 こういう会話を、午前の中休み、昼休み、午後の体育の後の移動時間、で計三回やった。歯に衣着せない返し方がモテる秘訣だった。
 そして放課後、吹奏楽部に所属しているけれど練習する気なんてさらさらない彼は[唐突な代名詞]、小石の詰まったバッグをおもむろに肩にかけて、まだ騒がしい教室から脱出した。脱出。廊下を歩き終えて階段を下ると、くそ畜生どもの詰め込まれた社会性養成器[よくあるとらえ方]から解放されたんだというすがすがしさが雪生の頬を自然と押し上げる。雪生には社会性を鍛えている閑なんてない。中学生が鍛えるべきは殺伐性だ。
 だというのにまた一人、雪生に声をかけるやつが現れた。
「つきあってください」
 三日ぶり三十六度目の弩直球文句。言ってきたのが誰かといえば、雪生は耳がいいので、正直人の名前とか覚えたくないけれど識別できちゃうので、授業中に先生が名前を呼んだり生徒が自分の名前付きで意見を発表したりするから自然と記憶しちゃうので、誰が自分に不埒な告白をしてきたかわかったのだけれど、人工的ブロンド帰国子女の五升アンリである。アンリは髪を金色に染めているのだけれど、ハーフだからと言い張って、先生たちからはお目こぼしされている[この説明的な一文は他に行くべき場所がある]。
「いや」
「つきあうぐらいいーでしょ。独身でしょ」
「だっておまえさ、アーニャだろ。二次方程式のアーニャ」
 アーニャは数学の時間中だれよりもはやく二次方程式を解く。秒速三式ぐらいだ。
「俺さあ、二次方程式とかまじ無理」
「食わず嫌いだよ! 一問も解いたことないでしょ!」
「うるせえおまえに俺と二次方程式のつきあいのなにが分かるんだよ」
「だって――」
「俺は、二次方程式に親を殺されたんだ」
「うそ」
 美少女が口をぽかーんとする光景に雪生は生まれて初めて胸の高鳴りを覚えた。だがそれになんという感情の名前がつけられるか雪生はまだ知らなかったし、たとえ余人からその名を告げられたとしても断固としてはねのけたことであろう。雪生の頑固な性分は生まれてから三日目には既に発揮されていた。母の乳を右胸のものだけしか受け付けなかったのである。母は左利きで、左利きの場合たまにあることだが、体内の臓器が左右反転していて、心臓が右側についており、その結果かなんなのか、右胸のほうがだいぶ量感があった。雪生は今でもベッドのマットレスは薄いのより厚いののほうが好きだし、スニーカーにもわざわざふっくらしたインソールを入れて楽しむたちだが、そのふかふか好みとともに、断固としてYESNOを表現する性分も、三日子の魂がつづいたもののようだ。
 それで雪生は「NO」と言った。目の前の美少女の魅力に対してのことだった。
「え、殺されてないの?」
「いや、殺されたんだ」
 雪生は視線を落とす。
「ひどい惨状だったよ。腹が二次関数のグラフの形に切り裂かれていた」
「うっそ。どんな風に?」
「そうだね。冬の日だったから、雪が高さ十五センチぐらいまで積もっていて、風向きは北北西、風速五メートルぐらい。場所はアパートの建物の東側にある、共用の庭だった。庭は、全部で六区画に分けられていて、各部屋の住人が、畑みたいに使ったり花を育てたりするんだ。これは申請式でね、アパートの部屋は全部で十部屋あるんだけど、庭を使いたいって希望していて空きを待っている部屋が二部屋分あるんだ。特に、一番南東の区画を使っている部屋と、空きを待っている二部屋の内の一部屋は、ちょうど上下の関係にある。それで喧嘩も絶えなかったみたいだ。さて、現場の状態なのだけれど、その六区画中南の四区画をフルに使う形で、俺の父親、廻間輪廻と、俺の母親、廻間転生は仰向けに倒れていたよ。二人とも二次関数のグラフの形に腹が割けて、赤い血が雪に広がっていた」
「どうして二次方程式の仕業だってわかったの?」
「俺、父親も母親も、二次方程式に苦しめられていたんだ」
 雪生は階段の降下を再開した。アンリもついてくる。
「それで、ついに自殺したのさ。『二次方程式は金輪際ごめんだ』って。でっかいコンパスをうちの納戸から持ち出して、自分で腹を割いたんだ」
「つかぬことをうかがうんだけど」
 アンリが腕を組む。
「ねえ、そのグラフってどんな形だった?」
「両方とも、胸の下から臍の上にかけて、下に凸だったよ。普段の愚痴を聞いてなければ『U』の文字だと思ったんじゃないかな」
「お臍の上なのね?」
「ああ、それがどうかしたかい?」
「あたしさ、二次方程式で負けるやつ、嫌いなんだよね」
「俺のことも?」
「うん」
「あっそう」
 ちょっとショックだった。でも格好をつけたかった。そればかりか、アンリなら適当な文脈で読み取ってくれるかもしれないとまで思った。
「あたしさ、三次方程式、解けるんだよ」
「三次って」
「二次より大体複雑なやつ。てか、三次を解くためには二次なんて楽勝にしないとだし」
「……なんで? 臍の話は?」
「あー、つまり、あんたのご両親、負けたんでしょ。お臍の上に、下に凸の『U』があるって、それ、お臍を原点だと思ったら、『解なし』のときのグラフじゃん」
「……」
「でも二次方程式には解がある。解の公式、知ってるでしょ。ax^2+bx+c=0という方程式には、重解でもいいけど、かならず解がでてくるんだよ。それなのに、グラフを書くと、二次関数がx軸と交わらない。グラフが実数の世界だけを描いているから」
 雪生は思い出した。
――「ねえ、雪ちゃん。どうして、あるはずなのに、描けないの?」
 母はなんどもクレヨンで二次関数のスケッチをしていた。父は炭でしていた。雪生は二人の趣味を奇特だと思ったが、朝ご飯と夕ご飯と多少のお小遣いがでてくるので、触れないようにしていた。そう、自分と彼らが交わらないように。
「実数、の?」
「虚数i=√-1を認めれば、世界の軸が一つ増えて、ぐんと気が楽になる。甘えてるよね。解の公式だって準備されていて、あとは一つ、自分が認めるか認めないかだってのに――」
「二次方程式のアーニャ、おまえ」
「あたしが目指すのは、五次方程式以上だから」
 アンリは階段の中で大きく腕を振り、すとんと残りの段を飛び越した。
「五次方程式には、あたしたちがいうところの『解の公式』がないって証明されているの。一個一個の五次方程式は解けるかもしれないけれど、全部に通用するものがない。雪生の魅力みたいにね」
「意味が分からない」
 雪生はゆっくり降りていく。
「あんた、一生二次方程式を嫌って生きていきたい?」
「そういうわけじゃない、けど。現実問題、自分で飯作ってると、親のこととか、思い出すし」
「なら、克服するのが一番。親の仇を討つんだよ」
「二次方程式のアーニャ、おまえ」
「あたしも、昔は、似たような感じだった。あたしの母方の家系は代々和算をやってたらしいんだけど、なんかもうほとんど残ってなくて。大好きだったおばあちゃんたちが復興しようとしたんだけど、中一の時、三次方程式に苦しめられちゃった。自殺じゃなくて、嫉妬したおじいちゃんに撃ち殺されたんだけど。弾道の軌跡は一次関数的に心臓を貫通していたよ」
「(笑っていいのかな)」
「それで、三次方程式を克服することを、あたしの中学生活の目標にしたんだ。それが済んだら四次方程式、そして解の公式がない五次方程式とつきあっていく。たぶんね、親とかおばあちゃんとかを乗り越えて、自分でなにかをつかみとったとき、初めて、救済できるものがあるんだと思うの」
「……強いな、アーニャ」
「ううん。そう思わないと、きっとあたし、倒れちゃうんだ。だから、雪生、つきあって。一緒に先に進んでいこう」
「いや」
 アンリが振り返った。
「え? は? この十分間、何だったの?」
「いやなものはいやなんだ。それを再確認できてよかった。俺さあ、多分、二十歳ぐらいで死ぬんだよ。だから、つきあわせるのはいやなんだ」[唐突な設定]
 雪生は小石の詰まったバッグを両手で持ち上げる。
「なんでわかったの?」
「親が死ぬのを見たときから、未来のことが見えるようになって。親が死んだ日の翌日はその一日後、翌々日はその二日後、翌々々日はその四日後が見えるようになった」と途中でアンリが「時間?
虚数?」と言っても雪生は止まらない。「死んでから十日ぐらいすると千日後が見えるようになって……で、少ししたら、もうなにも見えなくなった。で、俺はあんまり長くないのかな、って」
「わかった。じゃあつきあわない」
 アンリは背を向け、すたすた歩いて行った。
「うっそ」
 残った雪生は呟いた。
 教訓化したがる人の誰かはかつて、押したら引くのも大事、に類したことをしゃべっただろう。そういう教訓が的を射ていたかどうか判明するのは数日後のことになる。古人曰く、光陰矢のごとし、飛んでいる矢は止まっている。
<彼らの人生は未完>

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