夫が育休をとり、妻が先に復帰する「しんどくない子育て」の実践報告(1)
育休男子ということばがあるらしい。男性育休のことだと思う。男性の育休取得者は2.5%らしい。話を聞くに付け、女性とはかなり違う期間で取っているようだから、2.5%といっても、以下のように、この2.5%のなかの75%が2週間未満の「育休」なのだ。つまり、2週間以上の育休を取っている男性は0.6%ってことかな…。
男性の育休取得日数は56.9%が5日未満で74.7%が2週間未満に収まる。年休でも対応可能な日数である。実際、育休は取らず別の休暇で仕事を休んでいる父親は少なくない。【男性の育休取得率最高 道半ば、年休で育児も : NIKKEI STYLE 】
それを考えると、めいっぱい取れるだけ育休を取っている私の夫は1%以下の超レアケースだろう。参考にしたい人もいるだろうから記録を残すことにした。
共働きの夫婦の場合、どちらもが育休を取るというだけでなく、妻が働いているあいだに、夫が育休を取るというパターンもありうるのだが、あまりそのパターンの前例はないようだ。
0. しんどくない子育てとは
私たちが重視したのは、「しんどくない子育て」である。
なぜか子育ては「孤育て」だとか、子供がかわいいからなんとかやっていられる、とか「いつ産むべきか」論、「どう育てるべきか」論でしんどくなる。なんというか子育ては「しんどい」ものだというのが常識に思えてくる。少なくとも結婚相手を見つけるまで、この世で「しんどくない」結婚・子育ては不可能だと思っていた。子供を持つというのは女にとって無上の喜びだろうとかいうおっさん()がいるが、もはや今どきは「子供を持つというのは究極の選択」というか「どう転んでもしんどい」ものに思えている。まずこの点について論じていこうと思う。
0.1 専業主婦はしんどくないのか
専業主婦になる人は「子育て専従」なのかもしれない。専業主婦を選ぶ理由は「共働きで子育てはしんどそうだ」というところに収束するような気がするが、この時代に専業主婦を選択するのはスゴイと思う。少なくとも受験、就職活動までは男女平等! といわれ、そのなかでがんばってきた(人も多いはずな)のに、子供が生まれるなりそれを全部手放して、男性の経済的な依存者になるのである。金銭的な依存者になるということは、(運が悪ければ)何か気に入らないことがあったときにも、対等に議論できないことを意味する。それは「しんどい」だろう。
日本の労働市場では、女性が子供をつれて家を飛び出したら、半数が貧困家庭になるのだ(※厚生労働省による平成23年度全国母子世帯等調査によると、母子世帯約124万世帯(内、母子のみの世帯は約76万世帯)の平均年間就労収入は181万円で、アルバイト・パートになると125万円だそう。)。実家が太いから大丈夫、というのは二重の依存者であり、実家とも折り合いが悪くなれば、あるは実家になにか不幸があれば、やはり貧困に陥る可能性が跳ね上がる。なぜか慰謝料の取り立ての制度化もされておらず、子供の人権的にも問題がありそうなのに、公的にはまるで保障されておらず、「自己責任」論が横行している。
3組に1組が離婚すると言われている現在、手に職がある人のほうが離婚しやすいことを考えると、そのなかで専業主婦を選んでしまった人が「我慢して婚姻関係を続けている」可能性はどのくらいだろうか。専業主婦というシステムは、家父長制のもとでする契約のようなもので、庇護の代わりにかしづいてなんでもやらされるシステムであり、自立心を養われた現代女性にとっては負の遺産ではなかろうか。産後クライシスなんてことばもある。夫は独りしかいない家計の担い手として、会社に忠誠を求められ、無茶な仕事を割り振られるかもしれない。その妻は子育ては当然独りでがんばるしかない。それがしんどくないわけがない。勿論、専業主婦を選ぶ女性は、そうならないであろうパートナーを見つけるべく家庭でも教育され、できる限り信頼の置ける男性を伴侶に得るように努力しているのだろうが、この不安定な時代に、それが本当に可能なのだろうか。私にはあまり得策には思えない。専業主婦の子育ては、やっぱりしんどそうだ。
0.2 共働きの女はしんどいだろう
では、共働きを選ぶ女の場合は、どうだろうか。この時代である。職を手放すわけにはいかない。しかし、高度経済成長期に作られた専業主婦のいる家庭のイメージをひきずったまま、自身もそのような家庭で育ったのに、子育てに専従できない。そもそも、働いてるだけでも割といっぱいいっぱいの時代である……。
よく考えると、子供を持って働き続けていたとしても、離婚する可能性は専業主婦よりあるし、子供を育てながら、ずっと同じ仕事を続けることは可能だろうか。するとやはり「貧困」が口を開けて待っているかもしれない。そこはそこまで条件は変わらないのである。つまり子供を持つのはしんどいらしい。
だからといって、仕事を続けるためだけに子供を持たないのは、本末転倒である。なるほど、働き手として独立を保っていたいからこそ、結婚しない、子供を持たない、という人が増えているのだろう。そもそも「この不安定な時代に」結婚するメリットってなんだろう。そうやって未婚率が上がっているのは自分の実感として、わかってしまう。共働きで結婚して、そのまま子供を持つというのは、なにがどうあっても「しんどい」だろう。
0.3 子供を持つことはしんどいらしい
女の人生、子供を持つことは、どちらを選んでも「しんどい」っぽい。
「いつ産むべきか」論なんてのもある。「結婚してすぐはまずいでしょ。子はかすがいって要するに別れられないってこと」「でも体力のある若いうちに産んどけ」「キャリアを積んでからじゃないと職場に戻れない」「若すぎるママはこらえ性がないから少し年を取ってから産んだ方がかえっていい」「35歳を過ぎると卵子が老化するから」「子供が20歳の時にあなた、何歳?」「貯金がある程度貯まってから」いろいろ言われることは、枚挙に暇がない。
どこかで読んだ。「産みたいときが産みどきです」とりあえずそれでなんとかなる世の中になってほしいと切に思う。でもたぶんこれが意味するのは、「いつ産んでもいずれにせよしんどいです」ってことです。残念ながら。
0.4 全部手に入れる結婚なんて体力のある人のもの
私が貧乏な大学院生時代に衝動買いした雑誌の特集タイトルはうろ覚えだが「全部手に入れる結婚」といったものだった。「仕事も、子育ても、家事も諦めない」というスローガンは力強くも思えたが、よくよく読んでみると、子育てしやすい職場を探し、あるいは起業したりして転職して、全部頑張る方式の内容であった。収入があれば、勝ち組。子育ても家事も、専業ママと同じくらいエネルギーが割けないと「負け」みたいなムード。おそろしく強欲で、不可能に思えた。女性誌では、出産後の転職に備えるべく、資格についての特集がよく組まれている。今でも働くママのモデルケースは4時起きとか、3時起きとか、何を考えているのか分からないものが多い。子育てが終わったとたんに気が抜けて病気になったり、早死にしたりする人がいるというまことしやかな話も嘘ではないと思える。
全部手に入れる結婚生活は、私には無理そうだ。しんどいばかりである。
0.5 それでも子供を育てるには
しかし仕事はしたいし、子供は欲しい。この少子化時代、「産めよ育てよ」とか言って、婚活支援でセクハラを助長する政府は、「産んだら自己責任」とか、保育園に入れないとか、保育園はどうしても必要な子供のための厚生施設なんだとか、仕事のカンが鈍っても3年間育休を取っていいとか、サイコーにハードルが高い。こんなんでどうしろっていうんだ、と思いつつ、ここは、やってみて、できるだけハードルを下げる道を見つけたい、などと血迷ったのである。
そんなこと考えなくても、単に、子供がいたらいいよなあって思った。仕事をしながら男性と対等な結婚生活を維持するために子供が持てないとか、くそ食らえと思った。
では、しんどくならないにはどうしたらいいか。まず、新米母になる女性が全部負担するのを、やめたらいいのではないか。昔は大家族で子育て期に独りじゃなかったから、里帰り出産して実家で面倒見てもらえばいいなどと言うけど、それってどうして「里帰り」になるのだろうか。男親は要らないってことだろうか。結局実家頼みでは、核家族がうまくいくビジョンが見えない。経済成長とバブルの昭和が終わって30年になろうとしている今の、核家族時代の「しんどくない子育て」を模索したい。
畢竟、問いはこれだ。
男女がどちらも同じように社会で働いていくにあたって、「しんどくなく」そして「公平に」育児負担を分担していくにはどうしたらよいだろうか。
公平と平等は違う。あと、いろんな条件があるので、それぞれ加味しなければならない。「経済的な状況が許せば」という注意書きは付けなければならないし、それ以上に、ハラスメント的なものに遭遇する確率なども考えないといけない。だれだって裁判所のお世話にはなりたくないものだ。
私と夫の場合は、私が育休をとると、育休というか社会保険がないので「育児に伴う中断」つまり無給になるというシステムであった。(非正規で働いている女性は男性より多い。現状はどうあれ一応非正規でも産休などは取れるようになっているという。だから女性ができるだけ早く復帰したいというケースはあると思う)
一方で夫は企業勤めの正社員で、(主に女性が取ることを想定して)育休のシステムは公務員の制度に準拠であった。最初の半年は給与の3分の2、その後1年までは半分を社会保険が補償してくれる。(実はこのシステムは、女性従業員のために作られたものなのだろうが、男女差別にあたるということで、男性も取れるようになっている。おそらく、制度はどこにでもあるが、男性は不文律的に「使えないように」されているのだろう。それが2%という数字に表れている。)
そうした金銭的な条件のほか、研究者の私の仕事は休めば休んだだけ遅れる。一人でやっていることだからだ。自営業的とでもいうのだろうか。そして築いた信頼関係もあまり長く離れると取り戻しにくくなる。
0.6 子育ては妊娠中から
妊婦は普通に働いていて、おなかが極限まで大きくなったあたりから産休で、出産したら忙しくなるイメージだが、正直なところ、妊娠期間中にかなり仕事が遅れた。
妊婦というものは、頭は働かないし、突然眠くなったりするのだ。つわりには吐くというイメージがあるが、眠りつわりというらしい。あるときなど、うどんを食べながら寝ていた。のびた麺を食べるのがいやで急いで食べる私が、うどんを食べながら寝ていたというのは、自分的には大きな事件であった。パソコンの画面を見ると、頭がクラクラして、吐き気がする。しかし目を使わない仕事はない。また、論文が、とくに英語がまるで読めなくなってとても焦った。それでも次の研究計画書に書く「業績」を作っておくべく、国内の出張には行った。妊娠8ヶ月で、夫に付き添ってもらって東京から京都まで行って学会発表したときは、おなかが張って硬くなって、本当に不安だった。発表も自分のをこなすので精一杯で、他の人の話はまるで頭に入らないので、受付の係の人とずっと雑談していた。
つわり期間はだし汁とうどんしか食べられなかったし、電車に乗れば、酔って立っていられなくて優先席に座ったりするのだが、老婦人たちに「若い人が座っていい席じゃないのよ」と言われストレスが溜まり、ちょっと無理すると翌日動けない。妊娠後期にはむくみがひどく、座り仕事をちょっと長めにやると、足がパンパンで痛くなる。塩分を取らないために、外食がほとんどNGになり、出かけるのにも気を遣う。
出産後に落ちついてからようやく「あれはおかしかった」と気づく。妊娠中は「できない」ことでさえ、「できない」と判断する能力まで鈍っていたのだ。
私の場合は「眠くなる、頭が働かない、気持ち悪い」だったが、妊娠しているのがまるで嘘のように普通に働き続けられる人もいるし、妊娠期間中ずっと吐いて泣いてる人もいる。ついでに切迫流産などで、ずっと入院しっぱなしという人もいる。赤ん坊が早く出てこないように薬を随時点滴し続け、産科のベッドで半年を過ごす妊婦もいるのだ。妊娠は病気じゃないんだから普通に働けるでしょ、というのは「人による」。家からでれないなら論文くらい書きたまえ、といわれたが、そもそも画面に長い間向き合うのが無理だった。できることなら「休業」したかった。法的な産前休業は、予定日の6週間前からだが、私は月単位で、予定日より2ヶ月前から産前の採用中断というのになった。
妊娠したら引き継ぎ業務がある人は引き継ぎも妊娠期間中にしなければならないし、ちょっとでも体調が悪いときは無理してはいけない。入院になったら、勿論仕事には行けない。さすがに産前・産後の1ヶ月づつは、どんな人でも仕事はできないだろうから、組織で働く人は引き継ぎなしにちょっと休むというのも無理であろう。
妊娠は女性しかできない。個人差はあるが、女性は妊娠している期間に、まずひとつめのディスアドバンテージを負う。それを取り戻すためにも、一刻も早く復帰したいのだ。
一方の男性は、妻の妊娠中は早く帰宅したい(してほしい)というのはあるが、自分のお腹の中に子供が入っているわけでもないし(これが一番プレッシャーだ)、今までと違って無理ができないとか、四六時中気持ち悪いとか眠いとか、満員電車に乗れないとかにはならないため、妻に比べると妊娠していないだけで、半年分すでに働けているのである。
男女公平に「育児」の負担をするのであれば、この妊娠期間中に負った「育児負担分」は、妻側の「貸し」みたいなものだ。それを補填するというだけでも、共働きの男性は育休を取ってもらいたい、と思う。
1. 育休を決めたのは誰か
結局、夫が決断した。
私はひとりでなんとかする方法も考えていたし、男性は育休を取るべきでないという世論に負けていた。それに、やはり収入については、私より夫の方が高いので(研究者の皆様は私がいくらもらっているかは調べればすぐわかることを知っているだろう)、その傾斜で「夫が育休を取るのは経済的でない」と思った。
それ以上に高かったのは、双方の実家からの反対意見だった。「男が育休を取るなんて……!」「会社に戻れなかったらどうするのか」そうか、私に課せられている役割はこれか……。
大事に育ててきたご子息を、プー太郎にするわけにはいかない。
……あれ? なんか女性に失礼じゃない? 私は、これまで一生懸命研究者になろうと努力してきた。国のお金もいただき、ものすごく貧しい時代に、ろう者コミュニティに拾っていただき、研究者の卵の誰かがやろうとして挫折してきたであろう研究に取りかかったばかりだ。
私がやってきた仕事は、私にしかできない。大事にしてきた私の研究を、途切れさせるわけにはいかない。
研究者じゃなくても同じである。大事にしてきた仕事を辞めさせられたり、中断することによってキャリアがうまくいかなくなったり、男性が育休を取るときに反対されるのと同じことは女性側にだってある。
つまり、男性育休が取れない根拠は、今も根強い男女差別だ。(まあ、私の仕事が有期雇用だってのはあるんだけど……というか、雇用ですらない。給与はあるが雇用関係はない。※関係者向け)
2. 男性へのハードルは?
何より男性は、あるいは世の仕事人は、仕事にどれだけの時間拘束されているのだろう? 日本の会社は、人生すべてを捧げることを社員に求めているのではないか、と思うほどだ。「ワークライフバランス」などというが、ワークにライフが浸食されている。その用語が取りざたされるのは、バランスを取ろうと抗わないと、全部がワークになるようにできているのではないか。
私の夫の働いている業種は、昨今、従事している人数が多く、夫の会社はマンモスサイズである。つまり、同じ境遇の人が多いので、夫は「そこそこ典型的な」男性会社員であろうと思う。フルタイムで働いている多くの男性が彼と同じだとしたら、そりゃ「孤育て」になるぜ、と思う。
というのも、夫は、土日はそれなりにちゃんと休めるが、平日家でやっていることといえば、寝ることだけであった。それでも無理に夕飯を食べさせたりしていたが、夕飯って時間ではないのである。「夜食」である。なにしろ一番早くても帰ってくるのは21時。終電もしょっちゅうである。朝も朝食を食べて出かけるということは、ほぼない。
子供がいない夫婦であれば、それなりにやっていけるだろうが、子供が生まれたあともこの勤務形態だった場合、子供の起きている時間のすべてにおいて、夫はいない。つまり、すべての面倒は妻が担うことになる。私が。
夫は「今だけでもいいから家族に貢献したい」ということで、育休取得を決意した(今だけじゃ困るんだけど……)。ちなみに、同じ市の月齢が同じ子供を持つ親子の集まりに行ったら、同じ職種で同じような理由で育休取ってるパパさんがいた。
「育休を取らない限り、育児に貢献できない」会社員は多そうだ。
一方で私は、夫が育休を取ることにより、「戻るべき職場がなくなる」みたいなハラスメントについてかなり心配した。夫は、「そもそも人手不足だし、技術も持ってるし、職場の人はそんな嫌がらせをしてるほど暇じゃないから(!)大丈夫だ」と言った。(ただし、復帰後の勤務地でえらいところに飛ばされたりすることは、あり得る。だがそれは、別に育休を取らなくてもあり得ることである。先のことはわからないので、復帰したあとのことは、復帰してからベストとなる選択肢をとればよい、とのこと。)
あと、休むと決めたら引き継ぎをしなくてはならないし、休むのが1ヶ月だろうが1年だろうが、期間はそれほど影響しないということで、取れるだけ取ることにした。(これは多くの男性育休が1週間になってしまう理由でもある。1ヶ月休もうが、それが1年になろうが、引き継ぎなど人員に影響が出るのである。その影響が本人の努力で(残業で?)挽回できる範囲が「1週間」なのだろう)(これが男女とも3年育休となると話は別である。あと上昇志向がものすごく強い人にも無理だろう。)
結局、夫は育休前の1ヶ月、フルで引き継ぎ作業などして、育休に入ってからも連絡して、自分の抜けた穴を埋めていたようだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?