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2010全日本選手権「ミラクルエイジ」

ここまでたくさんの選手を紹介してきたなかで「ゴールデンエイジ」という言葉を何回か使ってしまっていますが、今年の大学4年生こそは、将来にも語り継がれそうな世代です。「ゴールデン」を超えた「ミラクルエイジ」とでも言えばよいでしょうか。
今年度のインカレチャンピオン・大舌恭平(青森大学)、2位の北村将嗣(花園大学)、3位の谷本竜也(花園大学)。この3人は、長い間、常に頂点に近い場所で、競い合ってきました。そして、それぞれに個性的で、おそらく下に続く多くの後輩達に影響を与えてきた選手達だと思います。彼らが大学生としてオールジャパンに出場するのは今年が最後です。現役選手なのも今年が最後、の可能性が高いです。しかし、この先、おそらく男子新体操以外のステージでも活躍が期待されている、そんな3人だけに、今見ておいて絶対に損はありません。いや、見ておかないと後悔しますよ!(笑)オールジャパンのチケットは、かなり売れてきたようですが、まだ空きのある日もあります(19日が狙い目です)。みんな見てほしい選手達ですが、とくにこの3人は! ぜひぜひ見てもらいたいです。この週末は代々木第一体育館へGO! です。

では、今年のオールジャパンでも間違いなく中核をなすであろうこの「ミラクルエイジ」を、男子個人選手の締めくくりに紹介しましょう。

☆大舌恭平(青森大学)

インカレでの大舌恭平は、まさに「千両役者」の風格と輝きをもっていた。今の彼は、「銀のスプーンをくわえて生まれてきた王子様」のように見える。なんの苦労もなく、持って生まれた才能を生かして、ここまできたのだろう、というように見えてしまう。彼の演技は、華やかで苦労とか努力とは無縁に見えてしまうのだ。とても自由に、思いのままに踊っているだけなのに、人の心をつかんでしまう、そんな演技に見えるのだ。
しかし、じつは。意外にも大舌は遅咲きな選手だった。
男子新体操の名選手を輩出し続けている岡山県の井原ジュニア。大舌はその創設期からのメンバーだ。うちにある資料に、彼の名前がいちばん最初に出てくるのは、2002年の全日本ジュニアだ。このとき、井原ジュニアの団体メンバーに名前を連ね、井原ジュニアは4位になっているが、個人では出場していない。同級生の北村はこの年、ジュニアチャンピオンになっており、チームメイトの谷本も個人で9位になっている。この時点で大舌は「出遅れて」いた。
翌2003年の全日本ジュニアで、大舌の所属する井原ジュニアは、団体優勝を遂げる。ジュニア最後のこの年、大舌も個人で出場を果たしているのだが、スティック1種目だけに出場し、クラブを棄権。直前の怪我のため、メンバーの替えがきかない団体を優先した苦渋の決断だった。この年、北村は2位、谷本は5位。また少し差が開いてしまった。

2004年には、精研高校に進学。インターハイには、谷本といっしょに団体メンバーとして出場して5位。個人では、当時同じ高校にいた兄・俊平(烏森RGメンバー)がインターハイに出場。北村だけが高1のときから個人でインターハイに出場している。
ところが、2005年3月、高校選抜大会で大舌は、優勝する。個人に関しては全国でなんの実績もなかった高校1年生が、突然の優勝である。しかし、2005年のインターハイでは、精研高校は団体優勝をするが、個人は17位におわる。団体では優勝して、個人が残念な結果におわる、ジュニアのときと同じだった。北村は、この年のインターハイで2位になっている。縮まったと思った差は、また開いたかのように見えた。
しかし、2006年、大舌にとって最後のインターハイで、ついに個人優勝を遂げる。この年は、団体でも優勝。大舌は、2つの金メダルを獲得している。個人準優勝は、北村だ。そして、2006年にはオールジャパンにも個人で出場し、なんと5位になる。もちろん、高校生としては最上位だ。
怪我に泣き、ミスに泣いてきた大舌は、高校最後の年になってついに大舞台で結果を出したのだ。

青森大学に進学してからの大舌は、インカレ、オールジャパンにも常に顔を出す選手になった。しかし、優勝にはなかなか手が届かない。おまけに2008年のオールジャパンでは、最終日の演技中に腕を脱臼。見ている人の血の気がひくほどの大きな怪我を負ってしまう。怪我からの復活をかけた2009年インカレは5位、オールジャパンは6位。ブランクを考えれば立派な成績だが、優勝にはやはり届かない。
大学生活残り1年になった時点で、大舌恭平はまだ無冠だった。

そして迎えた2010年インカレ。大舌の演技には有無を言わせぬ力があった。なにしろ「ミラクルエイジ」だ。同級生であり、ライバルである北村や谷本も見事な演技で応酬した。誰が勝ってもおかしくない、そんな試合だったのだ。しかし、そんな激戦でありながら、なぜか大舌恭平の優勝はまるで必然であるかのような、そんな空気すらあった。それが、2010年のインカレだ。
勝つ試合での大舌は本当に堂々としていて、負ける姿が想像できない。それほどのオーラがある。しかし、それは決して簡単に何回も手に入ったものではないのだ。高校でも大学でも、最後の最後にやっと爆発できた。じつは、大舌恭平はそんな選手だ。

中澤

おそらく。
もともとはそれほど「勝ち気」な性格ではないのではないか。フロアから降りた素の大舌を見ると、そんな気がしてならない。ついに大学チャンピオンに登りつめたというのに、やけに気さくで「近寄りがたい雰囲気」のかけらもない。人なつこい笑顔の素朴そうな22歳の青年だ。いい意味で、「勝ち続ける選手」というタイプではないのだ。
演技もそうだ。大舌の演技からは、「自分のよさを見せたい」「この動きを見せたい」「こう表現したい」・・・そんな欲はしっかり見える。ガンガン伝わってくる。
しかし、「負けない!」「俺が一番だ!」という欲は? あまり見えてこない。だからこそ、大舌の演技は、見ている者の心に「うまい、すごい!」だけでない「なにか」を強く残すのではないだろうか。大舌は、実力や素質のわりには「金メダル」には恵まれなかった選手、かもしれない。だけど、それは決して悪いことではないだろう。競技成績は競技成績にすぎない。現役を離れてしまえば、現役時代に思っていたほどの効力などない。

それに対して、演技のもつ魅力、その選手が人としてもつ魅力。それは消えない。あのときのあの選手は何位だったという記憶はすぐに薄れてしまう。しかし、「大舌恭平のルパン(リング)見た?」「大舌恭平の月光(スティック)かっこよかったよね~」という記憶は長く残る。そういうものだから。
オールジャパンで彼は、きっとみんなの記憶に残る演技を見せてくれるに違いない。だって、彼はそのために、ここまで新体操を続けてきたのだから。代々木第一体育館の空気を「恭平オンステージ」に変える、そんな演技を期待したい。

☆北村将嗣(花園大学)

「ミラクルエイジ」のなかでも、もっと輝かしい道を歩んできたのは、北村将嗣だろう。
全日本ジュニアでは2002年優勝、2003年2位。
2004年インターハイ13位(ロープの点数がやけに低い。大きなミスがあったようだ)、2005年インターハイ優勝、ジャパン12位、2006年高校選抜2位、インターハイ2位、ジャパン14位。
2007年に花園大学に進学すると、大学1年生のインカレでいきなり2位、ジャパンでは優勝してしまう。2008年は、インカレで優勝、ジャパン3位、2009年インカレを連覇。そこまでは快進撃そのものの大学時代だった。
しかし、昨年のジャパン。北村はまさかの17位に終わる。たしかに、精彩のない演技で、ミスもしていた。どうしたんだろう? とは思ったが、あとで聞いた話によると、どうも直前までインフルエンザで苦しんでいたらしい。北村にとっては、悔いの残る大会になっただろう。
ジャパンの直後に、ある発表会で北村と谷本のエキシビション演技を見た。そのとき北村は、高校球児のような坊主頭になっていた。ジャパンの反省だったのだろうか。坊主頭でもエキシビションでの北村の演技はすばらしかった。エキシビションだけに、おどけた姿も見せていたが、それがまたよく似合っていた。演技だけを見ていると「ドラマチックガイ北村」「ダンシング将嗣」そのものだが、素の北村は、とても親しみやすそうなおもろいお兄ちゃんで、発表会でも小さな子ども達に大人気だった。

中澤

北村の演技には、いつも「天才性」を感じる。もちろん、多くの努力に裏打ちされていることは十分わかる。わかるが、天性のものがなければこうはなれない、と思わせるものが北村にはある。
北村はジュニア時代から実力のある選手だったが、高校は京都紫野高校。個人では3年連続インターハイに出場しているが、団体での出場経験はない。ジュニアでもそうだ。大舌や谷本が、ジュニア、高校と団体・個人を兼任してやっていたころ、おそらくだが、北村はマイペースに個人演技で自分の世界を追究できていたのではないだろうか。天性の素質や才能、のほかにこと個人選手としての北村には「時間」もあったのかもしれない。
それは北村にとってある意味、有利な条件だったとも言えるが、一方で、高校生にとってはモチベーションを保ちにくい環境とも言える。同じ団体メンバーで切磋琢磨するような状況のほうが、たとえ練習時間は少なくても、個人の力もつくし、少々嫌なことがあってもやめにくい、そういう面があると思う。その点、北村は、自分自身でモチベーションを上げる必要があっただろうし、新体操以外の誘惑があったとしたら、それを自分ではねのける必要もあったのではないだろうか。

ただ、そういうマイペースを保てそうな育ち方をしてきたから、北村はその独特な個性を押し殺すことなく伸ばしてこれたのではないかと思う。
北村の演技の特徴は「ヘンなポーズ」だ。「ヘン」とは失礼なのだが、なんと言えばいいのか、「男子新体操ではあまり見かけないポーズ」という意味だ。笑ってしまうような「ヘンさ」ではもちろんない。北村の演技にそれらのポーズは、絶妙のスパイスとなって効いている。
私が、初めて北村の演技を意識して見たのは、2008年のオールジャパンだったが、その年に見た男子の演技の中では、ひときわ印象に残った。なんというのかあまりにもアクが強く、あまりにも「踊っていた」から。えっ? 男子新体操ってこんなに自由なの? と思ったのだ。
そして、北村の演技は、個性的なだけでなく、ジュニア時代から常に上位にいた選手だけのことはあるたしかな技術、能力の上に立っている。だから、独特な表現も動きもこけ脅しや付け焼刃ではない、「ホンモノ」なのだ。
彼は、男子新体操選手として必要な能力や技術を十二分に身に付けている、そしてその上から、自分らしさで彩っているのだ。徒手も、タンブリングも手具操作も、ほとんど破綻がない。だから、私たちは北村将嗣の世界で心地よく酔わせてもらえるのだ。そう、ちょうどフィギュアスケートの高橋大輔の抜群の表現力が、高度なスケーティング技術の上に成り立っているように。

北村将嗣はきっと「わがまま」だと思う。経歴と演技を見ていてそう思う。だけど、表現者として生きていくためには、それは悪いことではない。大学生最後のオールジャパン。思い切りわがままに、思い切り気分よく「まさしワールド」を展開してほしい。


☆谷本竜也(花園大学)

大舌恭平とは、ジュニアクラブ、精研高校と同輩だ。ジュニアから、高校1年生までは、個人での成績はほとんど谷本が上回っていた。たしかに、今の演技を見ても、谷本のほうが穴がないように思う。すべての要素が高いレベルでバランスよくそろっている、そういう意味では谷本のほうに分があるようにも見える。
しかし、他ブログの記事で知ったが、谷本は自分の演技が「つまらない、魅力がない」と思っていたという。高校時代の後半から大舌にも負けるようになったのも、そのせいだと。谷本はそう思っていたらしい。

たしかに、大舌には、華がある。同じことをしても、「はっ」と思わせるものが大舌にはある。そんな選手が常に身近にいたら、能力や努力では埋められないものがあると思い知ることもあったのだろう。
ただ、私は、高校時代の彼らを知らない。初めて意識して見たのは、2008年のオールジャパンだ。その試合で谷本は4位になっている。大舌は7位。たしかに、この試合での演技は、私には大舌よりも谷本のほうが印象に残っている。
それも、技術のよしあしはまだわからずに見ていたものだから、判断の基準は「心が動くかどうか」「魅力的だと感じたかどうか」「表現しているものが感じられたかどうか」・・・それらはおそらく、大舌に勝てなくなった高校時代のおわりに、谷本が「自分に不足しているもの」と感じていたものではないかと思う。が、2008年の谷本は、そういう面でこそ優れた選手に、私の目には映ったのだ。

谷本

それもそのはず。花園大学進学後の谷本は、2007年にインカレデビューして、いきなり優勝、2007年のオールジャパンは、8位で2位の大舌の後塵を拝しているが、2008年インカレでは、2位となり、8位の大舌を再び突き放す。そして、迎えた2008年のジャパンで私は初めて谷本を見たのだが、このときも大舌より上だった。2009年インカレは3位、ジャパンも3位。どちらも大舌には負けていない。
2010年のインカレでは、「無冠のまま終わりたくない」という大舌の強い思いが、すでにインカレ優勝経験のある北村や谷本の優勝を阻んだかのようだったが、谷本の演技も決して悪くはなかった。本当にこの「ミラクルエイジ」たちは、すさまじく高いレベルで競い合っているのだ。インカレでは大舌に勝利の女神が笑顔を見せたが、オールジャパンでは女神の気が変わるかもしれない。なにしろ、彼らの演技は、誰の演技も、どの演技もすばらしいのだから。

かつては表現力には自信のない身体能力頼みの演技だったという谷本。しかし、今の彼にはその面影はない。とくにしっとりとした演技では他の追随を許さぬほどの繊細な美しさを見せる。その澄み切った演技を「表現力がない」という人は、誰もいない。
早くから頭角を現したということは、身体能力や器用性に秀でたものをもっていたのだろうと思う。ただ、「魅力」という点が不足してた(と本人は思っている)彼が、この4年間で得たものは、不足を補ってあまりあるものだったのではないだろうか。
自らの弱さや欠点を認識し、自覚するところから成長は始まる、とはよく言われる。たしかに。こんなに大きく成長できるのだ、と谷本の演技は教えてくれる。彼のクラブの演技「ちいさい秋見つけた」は初めて見たときから忘れらなくなった珠玉の名作だ。ぜひこの演技を見てほしい。そこには、この才能あふれるミラクルエイジのなかにいて、人一倍自分に足りないものを感じ続けてきた谷本が、たどりついた極みがある。


この3人が同じ学年に存在し、切磋琢磨したからこそ、見ることができる今の彼らの演技はまさに「ミラクル」だと思う。
だが、本当に「ミラクル」なのは、彼らがじつに仲がよく、お互いを認め合っていることだ。インカレの競技終了後、優勝を決めた大舌のところに、北村と谷本が寄って行った。そして、観客席の身内からカメラを向けられていることに気づくと、3人でポーズをとっていた。「え? もっと? じゃあこんなのは?」というようにポーズを変えて見せる3人は、数分前までコンマいくつの点差を争っていたようにはまったく見えなかった。1つの勝ちや負けで、妬んだり恨んだり、または驕ったりするには、彼らは長くともに過ごしすぎているのだろう。
きれいごとのようだが、勝っても負けても、彼らはおそらく自分たちのことが好きでいられる。そして、新体操が好きでいられる。そんな3人なのではないか。
2010年11月19日~21日、代々木第一体育館で、「ミラクルエイジ」の、最高の瞬間を見ることができる私は、本当に幸運だ。
3人が、こんな風に素敵に育ってくれた「ミラクル」に、感謝したい。

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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。