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2012東日本インカレ「国士舘四銃士」

「結束」

私が、男子新体操を熱心に見るようになった2010年、国士舘大学の練習を初めて見に行ったのは、8月。インカレの直前だった。

その日の練習は、光明相模原高校を借りて行われていたが、そこで練習していた個人の選手達は、正直、なんだかちょっと頼りなく、まだ「少年」という印象だった。

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インカレ直前のこの日の練習で、山田監督が彼らにかけた言葉で、とても印象的だったものがある。

「いいか。1日目が終わったときに、思った以上に上の順位に自分がいてもびびるなよ。そこでびびったら2日目が崩れるからな。」

そう。
そのころの彼らは、「思った以上に上にいたらびびる」ことを心配しなくてはいけないようなひよっこ達だったのだ。


あれから、2年弱の年月が経過し、彼らはじつにたくましく成長した。
とくに、篠原良太、弓田速未、佐々木智生、斉藤剛大の4人。
2010年8月には、あんなに頼りなかった彼ら(斉藤はまだいなかったが)は、2012年の東日本インカレでは、しっかり「戦うオトコ達」になっていた。

東日本インカレ1日目

東日本インカレ最初の演技者は、篠原良太だった。
前日の公式練習も、当日朝の練習でも、決して好調ではなさそうだった篠原。結局、試技会での不調を引きずったまま本番を迎えてしまったように見えた。
しかも試技順1番。
スティックは、本来の篠原なら高得点も狙える得意種目だが、この日の彼は、明らかに不安そうな表情をしていた。フロアに入ってくる足取りにも、調子のいいときのような「よおし!がんばるぞ!」という意気込みが感じられない。

しかし。
結果的には、トップバッターという重要任務を彼は立派に務めあげた。
絶好調のときに比べれば、やや慎重になったきらいはあったが、篠原の持ち味である美しく、心にしみるノーミス演技。得意の甲立ちもゆるぎなく完璧だった。9.300という試技順1番にしてはかなり高い得点も出た。

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最後の試技会ではかなり調子が上がっていた弓田速未は、公式練習でも動きがよく、大きく見えていた。しかし、1種目目は作品を新しくしたリングで、この種目に彼は一番不安を抱えていた。試技会でもミスが出たり、ミスはなくても今ひとつ点数がのびなかったりしていたのだ。
そして、その不安は的中。本番でもわずかに着地がよろけたり、2本投げで1本を落下してしまう。しかし、ミス以外はかなり動きがよく、9.125とまずまずの点数で持ちこたえた。

シーズンイン前のインタビューでも、「今、ちょっとスランプ気味で」と弱気だった斉藤剛大だが、1種目目・スティックを難なくノーミスでまとめる。しかし、たしかにいつもの勢いにはやや陰りもあり、投げにも狂いがあるのか慎重に演技していることはわかった。普段は入れているシェネのあとの背面キャッチも入れていなかった。不安なまま本番の演技を迎えてしまったのだろう。しかし、それでもなんとかまとめてくるところが彼の強さだ。得点は9.250。不調ななかの滑り出しとしては悪くない得点だった。

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4人の中では最後に登場したのが佐々木智生。彼が、フロアに入ってくるだけで、会場には期待に満ちた空気が流れた。今大会の彼は、公式練習中からずっとそういう「期待させるオーラ」を発していた。直前の試技会でも絶好調、公式練習でもその好調は維持されているように見えていた。「この大会でなにかやってくれるんじゃないか」…彼に対してそう感じている人は多かったと思う。
しかし。
リング最初の時差投げでまさかの落下。そのほかの部分は、彼らしい雄大さを感じさせる演技だったが、落下が響いて9.100。「優勝するんじゃないか」とまで期待されていた佐々木にとっては痛恨のスタートとなってしまった。

4人の1種目目は、2勝2敗。好調に見えていた弓田と佐々木にミスが出て、不安そうだった篠原と斉藤はまとめた。山田監督はいつも「試合はやってみないとわからない」と言うが、まさにその通りの展開になった。東日本インカレでの国士舘の個人がどちらに転ぶか、予断を許さないというスタートだった。


試技順1番を乗り切れたことで息を吹き返した篠原のリングは、新しい作品だった。練習でもなかなかノーミスで通せていなかったため、かなり慎重にはなっていたが、集中力を切らさずていねいに演技してノーミス! これも9.300をマークした。

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続く弓田のスティックは、昨年のジャパン種目別にも残った鉄板の演技。タンブリングのキレもすばらしく、表現力だけではない地力を見せつけて9.300をマーク。

斉藤のリングは、まだ慎重にやっているのが見えてしまう演技だったが、今大会の彼は、「調子が悪いなりにまとめる」ことを目指すと言っていた。それは十分できている。本人にとっては狂いもあるのだろうが、それを感じさせないノーミス演技で9.275。

2種目目で国士舘はいい流れを作ってきたが、スティックの最終演技者として登場した佐々木からは、明らかに気落ちしている様子が感じられた。しょっぱなのリングの失敗がまだ響いているのかもしれない。少し不安になりながら見ていると、案の定、落下。手具の落下が非常に少ない彼にしては珍しく、なんでもないところでの落下だった。結果、9.125。

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1日目終了時点で、4人の演技は、5勝3敗。
しかも、初日は青森大学の選手たちに勢いがあり、暫定順位では、1位が松田陽樹、2位に佐藤秀平、3位は小林翔と、上位を青森大学が独占。
篠原4位、斉藤5位、弓田は川西雅人(青森大)と並んで7位、佐々木は籠島遼(青森大)と並んでの10位だった。

この順位は、彼らが目指していたもの、イメージしてきたものとはかなり違っていただろう。しかし、そこで気落ちしたり、あきらめるのではなく、いっそう闘争心を燃やすことができる。彼らのそんな強さを、2日目には見ることになる。

東日本インカレ2日目


5月13日。

国士舘の4人の中で、最初に登場したのは、前日もっとも沈んでしまった佐々木だった。
しかし、前日のミスからは立ち直れたのか、吹っきれたような明るい表情で登場した佐々木は、クラブで攻めに攻めた演技を見せる。もともと大きな体が、羽ばたくように大きく見える。スピードも申し分なく、リスキーな投げもまったく躊躇なくやってのける。「昨日からこの演技ができていれば」と誰もが思うような演技で、9.300。じつは、この演技でも彼は2本投げで1本を落下している。それでも、1日目の彼と違って、落とした瞬間、苦笑いまで見せるほどの余裕があった。落下しても9.300。その評価が、この日の佐々木のクラブの勢いを物語っている。

佐々木が、クラブで勢いのある演技を見せた直後、篠原のクラブが回ってきた。
そして、どこまでもていねいに美しく演じ切った篠原のクラブには、9.325が出た。前日は9.300止まりだった得点を、0.025上回ったのは、直前で佐々木が落下しながらも9.300を出していたことと無縁ではないだろう。
たしかに佐々木のクラブはよかったが、仮にも落下している。ノーミスの篠原のクラブを、佐々木より下にはできない、という流れはあったように見えた。
1日目ブレーキになっていた佐々木の頑張りが、篠原の点数も引き上げる役目を果たしたのではないか。
さらに斉藤も、クラブで何か所もひやりとする場面がありながら、すべてを巧みにクリアする粘り腰の演技を見せ、なんと9.425をマーク。

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クラブで猛チャージを見せた国士舘の最後に登場したのは弓田速未だった。そして、弓田は、ちょうど競技が中断していた女子フロア側の観客をもすべて引き込み、「ほうっ」と感嘆のため息が聞こえてくるような珠玉の演技を見せる。
テーマは「命」だというこの作品に流れる哀しみや、それでも負けない!と立ちあがる強さ、勇気。それらが、フロア上にはっきりと描き出され、彼の思いが観客の胸に流れこんでいくようだった。

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力強いタンブリングでさえも、伸身でふわりと浮きあがっているその瞬間が、悲しいほど美しい。こんな演技は、誰にでもできるものではない。得点は、9.400。

4人そろっての9.300超え! 国士舘大学のクラブでの追い上げはすさまじいものがあった。

対する青森大学勢は、優勝した松田は、さすがに後半種目でも崩れることなく、青森大学の牙城を守ったが、ほかの選手達はほとんどがロープで失速した。
佐藤秀平8.650、籠島遼8.850、小林翔9.125、川西雅人8.775。

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それに対して、国士舘はのロープでも、篠原9.200、斉藤9.350、弓田9.250、佐々木9.250だ。じつは、ロープでは篠原と佐々木は、小さなミスがあった。弓田はノーミスの素晴らしい演技だったが、特徴的な振り付けで手具停止をとられたらしく、点数が伸びきれなかった。それでも、総崩れの様相となった青大勢とのロープでの差は大きく、クラブでの追い上げも功を奏して、総合順位では、

2位:斉藤剛大
3位:篠原良太
4位:弓田速未
6位:佐々木智生

となった。試技会では、2日目に崩れることも多かった彼らが、2日目の重圧に負けず、むしろ力を出し切れず悔いの残った初日をバネにしてジャンプアップしたのだ。

2年前のあのひよっこ達が。

それぞれが頑張ったのはもちろんだが、それ以上に、この大会を通して感じたのは、彼らの結束力だ。もちろん、「自分が勝ちたい」「自分が一番でありたい」とは思っているのだろうが、それ以上に、「まずは誰かが勝ちたい!」という思いが彼らは強い。

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だから、ずっと不調だった篠原も、全体のスタートという責任ある立場に必死に応え、スティックでいい流れを作った。
初日、もう一歩順位を上げられなかった弓田も、「後半で絶対に上がれると信じて」と、ロープ、クラブでベストパフォーマンスを見せた。
自分の中には大きな不安を抱えながらも絶対にそれを表に出さない演技で、確実に点数を重ねることで、仲間に安心感を与え続けた斉藤。
そして、仲間を一番心配させながらも、執念を見せたクラブの演技で、仲間たちの点数の底上げに貢献した佐々木。
それぞれが、自分のためだけでなく、仲間のために戦っていることが伝わってきた。

もちろん、自分が勝ちたい! のだ。

だけど、佐々木が力を出し切れなかったことを自分のことにように悔しがり、弓田のクラブが会場を魅了したことを、自分のことのように喜ぶ。そんな空気が彼らにはある。

国士舘2

力もついていることは間違いない。
本気でトップを目指せるところまで彼らはきている。
しかも、個人戦でありながら、彼らは一人ではない。
そこが、今の彼らの強さだ。

彼らは、インカレではまた束になって戦いに挑む。
狙うのは、そう。今度こそ、頂点だ。

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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。