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2011内田秀晴(ケイアイスポーツ)

「最後の力」

今年の社会人大会での内田秀晴のロープはすばらしかった。
社会人大会で6位までに入り、全日本に出場することがほぼ絶望的だった中、今年で引退を決めていた内田が、「これが最後の演技」という覚悟をもって演じた、あの日のロープは、神がかっていた。
「最後」と思えば、人はこれほどの力を出すことができるのか…と驚かされ、感動させられたのが、社会人大会での内田の演技だった。

結果、この渾身のロープの演技での高得点が生きて、内田はかろうじて今年も全日本選手権の出場権を得ることができた。

そして、迎えた全日本選手権。
試合前に内田は、「社会人大会でのロープがよかっただけにプレッシャーがある」と気弱な発言もしていた。たしかに、「最後だ」という思いがあったから出た力を、あと4種目でコンスタントに発揮することは難しいかもしれない。それも、全日本選手権という大舞台では。正直、私はそう思っていたし、もしかしたら内田もそうではなかったか。

ところが、である。

内田は、1日目、リングの第1演技者だった。
今大会で内田は、長袖、パンタロンの新しい衣装を身につけていた。
この衣装は、内田の盟友である大原朗生が、自分の知り合いに製作を依頼したものだった。
「親友のラスト衣装を作ってやってください」と大原からの依頼メールにはあったそうだ。最後を飾るにふさわしい衣装をと、心をこめて作られた衣装は、今までの内田から考えると「ちょっと派手?」にも思えたが、これがピッタリとはまっていた。
穏やかで静かな印象の内田のもつ、内面の強さや激しさを、衣装が引き出してくれそうな感じがしたのだ。

力強くスリリングな曲にのせて、内田のリングの演技が始まった。はじめからフルスピードで、動きにも手具操作にもまったく迷いがない。駆け抜けるように90秒の演技がおわると、内田は小さくこぶしを握った。「最後だから」できたのかと思った、あの社会人大会でのロープの演技に劣らない演技を、1種目目からできた! 今大会の内田は、なにか違うと予感させるような演技、だった。

2種目目のスティック。まさに「すべてを出し切る」勢いで、フロア狭しと動き回る内田は、本当に大きく見えた。投げ受けも、はかったようにぴたっと手に手具が落ちてきてまったく危なげない。
彼の「新体操が好きだからやってきた」という思いが、演技の隅々からほとばしるようで、私が、この日、最初に泣いたのがこの内田のスティックだった。「1日目からこんなにとばして大丈夫?」と心配になるくらいに、全身全霊を込めた演技に見えた。

大会2日目午後、内田の3種目目はクラブだった。
種目別決勝に残らない限り、内田の現役生活はこの日が最後になる。それがわかっているのか、内田がフロアに登場すると、会場のあちこちから大きな声がかかった。出身大学である花園大学の応援席、さらに出身高校である埼玉栄高校の応援席、いや、それ以外にもたくさんの声援が降り注ぐ中で、内田の演技が始まった。
まるで、神様が守ってくれているかのように、クラブでもまったく危ないところはなかった。内田の特徴である側方に回転するタンブリングでも、フロアに足が吸い込まれるようにピタッと着地を決め、まったくゆるぎない演技を見せた。

そして、最後にまたロープの演技が回ってきた。

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スピードが持ち味の内田の演技を際立たせるような速い曲にのせて、内田は、おそらく正真正銘「最後の力」をふりしぼって90秒を演じ切った。スピードは最初から最後までまったく落ちなかった。
演技途中から、会場の声援、拍手すべてが内田の後押しをしていた。もちろん、演技がすばらしいことは間違いないのだが、それ以上に、こんな風に多くの人から応援される選手であることが、すばらしいと思った。彼の人柄あっての、この演技であり、この会場の雰囲気なのだ、と。
私の隣で観戦していた編集者は、この日初めて男子新体操を見る人で、どの選手に対してもなんの予備知識もなく見ていたのだが、この内田のロープが終わったときに、「とり肌たちました~」と言った。
おそらくこれが内田のラスト演技だということを彼女はまったく知らない。そんな彼女にもわかる「特別な演技」だったのだ。
演技を終えて、内田はじつに満足そうな顔をしていた。応援に対して手を挙げて応え、そして、最後にフロアマットに手を置いた。きっと別れを告げていたのだろう。
その姿を見て、涙が出てきた。

社会人になってからも、毎年社会人大会に出続け、しかも成績もしっかりキープしていた内田。そして、最後と決めた年になって、さらなる飛躍を見せるとは、なんて選手なんだ、と思った。
「社会人になってからでもやれる!」「社会人でも続けてこそ、得られるものがある!」と今年の内田の演技は教えてくれた。

観客もみんな、おそらく最後になるであろう、内田にいつまでも拍手を送り続けていた。誰もが、彼の演技に、その存在に敬意を表し、称えていた。

この日のロープの演技に与えられた得点は、9.350。
内田は、ロープで種目別決勝に残った。

社会人大会で「最後」の覚悟であのロープを演じてから、さらに4つの演技をすべてパーフェクトに演じた内田に、もう1回、アンコールのステージが回ってきたのだ。

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そして、種目別決勝での内田のロープは、ロープのキャッチにもまったく乱れがなく、ロープの端をとってはよどみなく操作を続け、目にもとまらぬスピードでロープを回す、回す、回す。会場の声援がどんどん大きくなると、それに応えようとしているかのように、内田の動きにも力強さが増していく。90秒があっという間に感じられたフルスピードの演技を、またしても、すこしの迷いもなく内田は演じきった。
社会人大会で終わる覚悟で演じた、あの一世一代のロープの演技のあとに、内田は、5回も「一世一代」の演技を見せたのだ。こんな選手、そうそういない。

種目別ロープ9.400。内田は銅メダルを獲得した。
大学3年のときに種目別のクラブで3位になったとき以来の全日本でのメダルだった。
こんなこともある、のだ。

まるで神様に守られているかのように神々しかった、今大会での内田の5回の演技のことを、私はきっと忘れないだろう。

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