2009春日克之(青森大学4年)
春日選手は、2009年の全日本選手権チャンピオンです。さらに、2008年も優勝しており、連覇を成し遂げています。男子新体操は、1つのミスが大きく得点に響くため、どんな名選手でも、連覇はなかなか難しいのです。春日選手の前の連覇は、1995~1997年の朝野健二さんまで遡らなければないのです。
男子新体操追っかけ歴がまだ浅い私ですが、2008年の全日本選手権では初めて真剣にメモをとりながら男子新体操を取材しました。このとき、春日選手が優勝しているんですが、正直、チャンピオンにしてはちょっと地味? な印象でした。
たしかに技はすごい! スピード感はすごい! のですが、よりダンサブルで表現力にたけたタイプの選手のほうが、私の印象には残っていた、それが2008年の全日本選手権でした。
ところが。
2009年の全日本選手権。
春日克之選手の演技は、まさに「神」でした。
すばらしい選手がたくさんいて、すばらしい演技を次々に見せた全日本選手権。「これは、春日選手の連覇は厳しいか・・・」と思わせる演技もたくさんあったのです。
が、いざ春日選手が登場すると、その圧倒的なスピード、運動量の豊富さ、手具扱いの巧みさ、実施の正確さ。そして、体のすみからすみまで神経の行き届いた動き。すべてが、突き抜けていました。
2008年の春日克之選手もたしかにうまかった。だから優勝しているのです。が、1年で彼は、「前年度チャンピオン」の春日克之をはるかに凌駕する選手に成長していたのです。
驚きました。春日選手のすごさに。
そして、男子新体操の奥深さに。
男子新体操は、大学生が、全日本で優勝した選手が、さらにこんなにも進化できる余地のあるスポーツであるということに、感動しました。
2008年にも春日選手に電話でですが、インタビューさせてもらいました。そのときに、印象的だったのは、彼が2008年のインカレで、自分では完璧な演技をしたと思っていたのに、点が伸びず優勝できなかったことがとても悔しかった、という話でした。なぜ点が伸びないのか? 彼はその理由を審判に聞いて回ったそうです。返ってきた答えは「大きさがない」・・・。たしかに、春日選手は小柄です。しかし、それは努力で変えられるものではない、ですよね。
でも、彼はそこで「身長が低いのは仕方ない」とあきらめませんでした。すこしでもかかとを高くして、すこしでもつま先をのばして、全身を大きく動かし、高くとび、エネルギッシュに動く・・・小さな体をすこしでも大きく見せるためにやれることはすべてやった。そして、勝ち取った全日本初優勝だったというのです。
女子の新体操を見慣れていた私には、「点が伸びなくて納得がいかず、審判に理由を聞いた」ということがまず驚愕でした。
そんなことしていいのー?
していいみたいです。もちろん、審判にクレームをつけるというわけではありません。「どこがいけないんでしょう」「どうすればもっとよくなるでしょう」それを審判に聞くことは、反逆でもなんでもない。熱意なのです。自分の「勝ちたい」気持ちに、そこまで正直に真摯に、そして能動的に行動できる、春日克之はそういう選手なんだ、と。私がそれを知ったのは、不覚ながら2008年の彼の演技が終わったあとでした。
そして、2009年の全日本選手権。1日目の個人総合、春日克之選手はリングの29番目の選手として登場しました。 その演技は「すごい!」としか言いようがありませんでした。気迫あふれる演技でありながら、美しい。まさにパーフェクトな演技でした。
さらに、2種目目のスティックでは、せつなさや哀愁をあますところなく表現。1分半の演技中、ハイスピードで全力疾走するような印象の演技が持ち味の春日選手ですが、スティックはもっとも緩急のある作品で、彼が技やスピードだけでなく表現にもこだわっていることがよくわかる演技でした。
2008年の電話インタビューの最後に、「自分の新体操でいちばん伝えたいものは?」と聞いたときの、彼の答えを、この演技を見ながら私がは思い出していました。
「見ている人の感情を動かしたい。せつない思いをこめた動きではせつなく感じてもらいたいし、かっこいい動きはかっこいい! と思われたい」
彼はそう答えていました。技術にたけている選手でありながら、究極的に目指しているのは、やはり「表現すること」であり、「伝えること」なのだということを、とても嬉しく頼もしく感じた1年前のことを思い出しました。そして、今、目の前にある春日克之の演技は、まさに彼が目指していた「感情を動かす演技」でした。大学4年生。学生時代最後の、いやもしかしたら現役としての最後になるかもしれないこの試合で、彼は夢を果たしたのだなあ、と涙が出ました。
個人総合2日目も春日選手の勢いはまったく落ちることがありませんでした。クラブでは全身からみなぎる気迫と情感に圧倒されました。この作品は、今年から演じているもので、4種目の中ではもっとも新しい作品でしたが、完璧にこなしていました。新しい作品だけに、「自分にしかできない演技」をとことん追究して作ったという春日選手の思いがたしかに伝わってきました。彼ならではの、連続するタンブリングなど見せ場も多く、すばらしい演技でした。
そして、最後の種目・ロープでは、まさに「全力投球!」の演技、「渾身」とはこのことだ! という演技をやりきり、演じ終えたときにはガッツポーズも出ました。この日の春日選手は試技順が早く、演技を終えても、まだ優勝できるという確信はなかったろうと思います。
でも、この演技を、全日本選手権でやり切った。4種目通じて、崩れることなく王者の演技を見せることができた。それでもう十分だったのではないでしょうか。そして、彼がそれだけの演技をやり切ったときには、結果もきっとついてくる。もしかしたら、彼にはそれもわかっていたのかもしれません。
2008年のインカレで優勝できなかったときの、春日克之選手は「身長の低さ」というビハインドを克服しきれていなかったのかもしれません。2009年の全日本選手権でも、彼はたしかに出場選手のなかでも小柄なほうでした。しかし、その演技は、どこまで雄大で美しく、精悍で、ときにせつなく、男子新体操の真髄を見せてくれました。たとえ小柄でもフロアでの彼はなんと大きく見えたことか! それは、彼自身が、常に向上心をもち、努力を怠らず、新体操に懸け続けてきたからこそ手に入れることができた「大きさ」だったのだと思います。
2009年、春日克之選手は、ゆるぎなく「King of 男子新体操」でした。
競技終了後、今回は電話ではなく、会場で直接お会いして春日選手にインタビューすることができました。完勝ともいえる、個人総合優勝を成し遂げたという昂ぶりは感じられず、冷静に朴訥に言葉を選びながらいろいろな話をしてくれました。(雑誌掲載時はほんの少ししかコメント使えませんでしたが、やっと書くことができます!)
「技術的には、昨年から大きく変わったところはないのですが、とにかく質をあげていくということにこだわって練習してきました。やっている内容は昨年と同じでも、美しさをあげて、引くところがない、という演技を目指してきました。
もちろん、演技構成も自分にできる限界に挑戦するものをやって、こんなにできるんだ! というところを見せたいと思っていました。自分の持ち味はスピードとジャンプ力なので、とにかく速く高く、動き続けながらも引くところがない、そんな演技をしたいと思って練習してきました。」
誰よりも難しいことを、誰よりも正確に隙なくやろうとしていた、春日選手の「攻めの気持ち」が痛いほど伝わってくる話でした。
思わず私は聞きました。
「そこまで高みを目指した演技をするとミスしてしまう可能性が高くないですか。それなのに、どうしてあんなに完璧に演じることができたんですか?」
春日選手の答えはシンプルでした。
「練習しかないです。練習してきたことを信じるしかない。」
それに、と彼は続けました。
「悔いの残る練習はしてきていませんから。」
2008年度・2009年度男子新体操チャンピオン・春日克之選手は、そんな選手でした。どこまでも自分に挑戦し、その挑戦に打ち克った、彼の神演技を見ることができて、私はとても幸せでした。
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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。