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2009木村 功(花園大学4年)

2008全日本選手権

 今でこそ、男女いっしょの大会では、かなり熱心に男子新体操を見ている私ですが、とくに個人に関しては、ここまで熱意をもって見るようになったのは2008年のオールジャパンからです。この大会は、ダンス雑誌「DDD」の取材で入っており、DDDの当時の編集長が男子新体操好きだったため、「男子も女子と同ボリュームで」というリクエストがあったのです。
 このときは、正直、事前に知っている選手は多くありませんでした。役員の先生に「どの選手が注目ですか?」と聞きに行ったことも覚えています。そんなド素人な取材でしたが、ド素人だった分、ある意味新鮮な目ですべての選手の演技を見ることができたようにも思います。
 その2008年のオールジャパンで、男子新体操には個性豊かなすばらしい選手がたくさんいることを思い知らされたのですが、そのキラ星のような選手達のなかで、とくに私の印象に残ったのが、木村功選手(花園大学)でした。
 今、改めて2008年の木村選手の成績を調べてみました。なんと8月のインカレでは個人総合2位! しかし、オールジャパンではロープでミスがあったようで、ロープだけは種目別にも残ることができず、それが響いたのか個人総合は8位だったんですね。インカレでは、2位(種目別のリングでは優勝!)だっただけに、きっととても悔しい思いをした大会だったのでしょう。
 ただ、悔しかっただろう結果とは無関係に、私は、この大会で、彼の演技に魅せられてしまったのでした。  

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 写真だけでも、木村選手の魅力はかなり伝わるのではないかと思うのですが、その演技からとにかく「真摯な思い」が伝わってきたのです。身体の隅々まで、動きの1つ1つまで痛いくらいに神経が行き届いていて。そして、なんと言っても、胸をうたれたのはその表情でした。
 男子新体操は、「せつない」イメージの演技が多いのですが、男性アスリートが「せつなさ」を表現するのは、本来は難しかったのではないかと思うのです。(それが、少し前まで男子新体操が色モノ扱いされる原因の1つではなかったかと思っています)しかし、木村選手の演技は、見ていてほんとうにその「せつなさ」に涙が出てしまうくらい、情感に訴えるものがあったのです。彼の演技を見ていると、「高貴」という言葉が浮かんできました。2008年オールジャパンでの木村選手は、私にはまさに「踊る貴公子」に見えたのです。
 幸いにも、2008年、彼はまだ大学3年生でした。あと1年は現役の演技を見ることができる! 2009年にもう一度、彼の演技を見られるだろうことが、とても楽しみになったのでした。

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2009全日本インカレ

 そして。2009年。この年、最初に彼の演技を見たのは、栃木県小山市で行われたインカレでした。この試合では、リングでミスがあり、種目別に進めず。それが響いて、個人総合では6位でした。
 1年前には準優勝しているのですから、期するものはあったでしょう。その思いはかなわなかった大会だったかもしれません。だけど、私にとっては、また彼の流れるような、空気を動かす演技を見ることができた、その幸せのほうが大きかった。
 男子の新体操は、落下などのミスが1つあると、大きく順位が下がってしまいます。だから、見ているものにとっては、本当に順位はあまり意味がないのです。1つや2つのミスがあっても、印象に残り、心を揺さぶってくれた演技は、「いい演技」それだけです。これは木村選手に限らずですが。
 だから、今、改めて成績を調べてみて、「これは悔しかっただろうな」と想像はできるのですが、その場で演技を見ている限り、木村選手はやはり私にとっては「素晴らしい!」としか思えない演技を見せてくれていました。
 とくに、このインカレで見たスティックの演技は、見ているうちに頭の中にどんどん妄想がふくらんでしまう演技でした。この作品はですね、「恋人に先立たれた青年の哀しみ」を描いている…ように見えてならないのです。いわゆる「世界の中心で愛を叫ぶ」とか。その手のストーリーが、ぐるぐる渦巻いてきます。そんな演技でした。
 木村選手は、ほんとうは何を表現しようとしていたのか聞く機会がありませんでした。だから、私の感じとったものはまったくの勘違いであり、妄想かもしれません。だけど、それだけの妄想を抱かせる表現力・演技力って、すごいとしか言いようがないと思うのですよ。
 2008年に、私のハートをわしづかみにした木村功という選手は、ますますステキになって2009年に私の前に現れてくれました。それが本当にうれしかった。

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2009全日本選手権

 2009年のオールジャパン。大学4年生の彼にとっては、もしかしたら現役最後の試合になるかもしれない。そんな思いですべての演技を見つめていました。個人総合のスティックでは、9.500という高得点で優勝した春日選手と同じ1位に名前を連ねました。が、春日選手の神演技の前にわずかに及ばず総合2位に終わりました。
 オールジャパンでは、昨年の8位から大飛躍です。すばらしい! 順位など、私にとってはどうでもよいのですが、おそらく最後の大会に懸ける気持ちは並大抵ではなかっただろうことを思うと、彼自身のためによかった! と思えた大会でした。
 もともと、姿勢が美しく、繊細な動きが魅力的な選手でしたが、この大会での写真(このブログにアップしている写真は2009年オールジャパンのものもです)はどこを切り取っても美しい。表情もすべての場面で演技しているのです。
 男子新体操は激しいスポーツですから、たいていは写真になるとどこかで「よっしゃ!」と力の入った表情になっていたりするものですが、木村選手は写真でも常に、自分の描く世界に入り込んで踊っている。そこが非凡だったのだと、改めて写真を見ながら思い知らされたのでした。
 準優勝で終わったオールジャパン。すばらしい成績、と私は言いたかったのですが、個人総合のあとだったと思いますが、体育館の隅で見かけた木村選手は泣いているようでした。準優勝ではあっても、ミスの出た種目もあり、完璧ではなかった。自分の力が足りなかった、やりきれなかった、そんな思いがあったのかもしれません。
 大学生としての最後の試合で、残った思いがもしも「やりきれなさ」だったのだとしたら、社会人になっても続けてくれないかな、と不埒な私はちょっと、その木村選手の姿に期待してしまいました。
 なにしろ彼の演技には、色気がありますから。22歳でこの色気なら、あと数年続けてくれたらさぞかし~そんな欲ももってしまったのです。

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 木村功が、すばらしい選手であることは間違いないのです。だけど、もしかしたら、すこしずつ「残念な思い」を残したまま終わることになる選手なのかもしれない。そのとき、そう思いました。あんなにすばらしい演技で、あれだけ私の心を揺さぶってくれた選手なのに。
 あれほどの選手でありながら、新体操選手としてのおわりに彼の心に残るのが「無念さ」や「ふがいなさ」なのだとしたら、それはちょっと悲しいなとオールジャパンのあとに肩をおとしている彼の後ろ姿を見ながら思っていました。

 新体操選手としてのおわりのときに、彼がどう思っていたのかは、私は聞けませんでした。今でもわかりません。
 だけど、彼は、「新体操」という世界からは一歩足を踏み出して、彼のあの表現する力を開花させる道を選んだようです。

 2010年5月10日。渋谷のマッスルシアターで、私は木村選手に再会しました(一方的再会ですが)。花園大学卒業後、彼は「マッスル・ミュージカル」のメンバーとして活動する道を選びました。
 舞台での彼は、新入りメンバーにもかかわらず、しっかり輝いていました。新体操の演技で見せてくれていた「せつないほどの美しさ」を披露する場はありませんでしたが、じつはまだ20代前半の男の子だったんだなあ、と感じられる、明るさや笑顔が見られ、新しい木村功の魅力にふれることができました。

 違う舞台で、また大きく成長した彼を見ることができる。そのことがとてもうれしいです。男子新体操の可能性をますます彼が広げてくれることを期待してやみません。

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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。