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2011柴田翔平(青森大学4年)

「本質」

柴田翔平は、学生として最後に挑んだ全日本選手権で、クラブの演技をインカレまでの「アリエッティ」から変えてきた。

選んだ曲は、浜崎あゆみの「BALLAD」。
アリエッティよりさらに、抒情的な、1年前までの柴田からは考えられない選曲だが、じつは彼は、高校生のときにも中島美嘉の曲を使ったことがある。しかし、そのときは、「やわらかい動きに自信がなかった」から、あえて曲調を強くしたアレンジにしたのだそうだが。

今回のクラブは違った。
女性ボーカル曲ならではのやさしく美しく、すこしもの哀しい曲調にま正面から挑み、そして踊りきった。

種目別決勝のあとの記者会見で、柴田は、「今日は調子はよかったので、体はよく動いたんですが、その分、今まで気をつけてやってきたことをあまり気にせずに演技してしまったのが反省点」と語ったが、あまり気にせずに動いて、こんな風に動けるくらいに、今年の彼は変貌を遂げていたのだ。

柴田翔平という選手を、「いいな」と思ったのは、大学2年の全日本のときだった。あまりにもスピード感があり、なんの躊躇もないその演技に圧倒され、「すごい!」と思ったのだ。結果、彼はその年の全日本では総合3位になっている。種目別ロープでは、優勝もした。

しかし、その後の2年間は、なかなかそこを超えられなかった。
決して悪くはないのだが、1種目大きなミスがあったり、どこかに迷いがあるような、そんな時期があった。

7月に青森で、インカレの抱負を取材したときに、柴田は「点数の目標とかはない。勝てればいいんで。」と言った。その言葉だけを聞けば、勝敗に対してはなみなみならぬ欲をもっているようにも聞こえた。

柴田2

しかし、彼の本質はそうではないのだなと、インカレで7位に沈んだあとに聞いた話でわかった。
インカレでの成績は、スティックでのミスが大きかった。それはもちろんなのだが、今年のインカレでの得点の出方は、「手具が動いていること」を高く評価しがちだった印象があったため、「去年までの演技のほうが、自分に有利だったのではないかと思わなかったか?」と聞いてみたのだ。
そのとき、彼は、「今年、自分が目指しているのは、スリリングでどきどきするような演技ではなく、手具を大きな軌道で動かして、音楽と動きと操作がマッチした演技なので。インカレではそれが十分にできていなかっただけです。」と答えた。

もちろん、勝ちを狙ってはいたと思う。
しかし、口では「勝てればいいんで」と言いながら、決してそうではなく、とどのつまりは、彼は「自分の目指す演技に近づきたい」のだ。
それが、ときには勝利からは遠ざかる道だったとしても。

そうして、彼は、全日本選手権を迎えた。
個人総合のときのスティックは、本当にすばらしかった。
去年までの、常に体も手具も動いている演技とはひと味違う、ときにはゆったりとした瞬間も見せつつ、「ムーランルージュ」の音楽に、うまくのって、「今年の柴田翔平らしい演技」を見せることができた。
ロープは、説明するまでもない。
あれは彼にしかできない演技だ。種目別で優勝できなかったことがとても悔しかったようだが、それはきっと、神様が「もう1年やってみたら」と言いたくて仕組んだことではないかと思う。

柴田

種目別ロープでの優勝を逃した直後に、回ってきたクラブの演技の前には、正直かなり気持ちは落ちていたらしいが、「自分の演技を楽しみにして、応援してくれている人たちのためにも頑張ろう!」と切り替えて、フロアに向かったという。
その結果が、すばらしいノーミス演技での銅メダルだ。
この作品は、インカレ後に作ったため、全日本までの練習でいい通しができたことがなかったのだそうだ。それが個人総合、種目別と2回続けてすばらしい演技をすることができた。
ただのノーミスではなく、彼が「やってみたかった演技」「できるようになりたかった演技」だったのではないかと思う演技だった。
こういう演技ができたとき、まさに「結果だけでははかれない満足」が得られるのではないか。演技後の(いや、演技中もだったが)柴田の晴れ晴れとした表情を見て、そう感じた。

「自分には無理」「自分は苦手」と思って避けてきたことに、しっかり立ち向かって、最後にはちゃんと勝った! 
柴田翔平は、私が思っていた以上に、すごい選手だった。

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