(2010年11月) クープランのルソンについて

進化論的音楽史の流れの中で捉えられたクープランの声楽作品と、バロック音楽の世界観が、そのほぼ全容が体験されたあとでの同じ作品の聴取のされ方は自然と変わってくるものでしょうね。
前より後の時代の方が「進んでいる」という考えから、その当時にはその当時の価値観があり、その中で完結したモノもあり、その世界観の中から捉えたときには、違ったものに聴こえてくるというような。
音楽史の教科書の中で、クープランの声楽作品なんて、取り上げられもしないものなのに、バロック音楽の時代の全容が聴けるようになった現代では、輝いて聴こえます。いまなら当時のベルサイユやパリで響いていた音が規模や貴賎を問わず、聴こうと思えば聴けるようになりました。
例えばラモーのオペラを観て、その花形の歌手たちが聖週間で劇場での仕事がなくなり、一部の好事家といった方がよいかしら、修道院の聖務日課にかこつけて、休業中の歌手に歌わせてみよう、と。

それを現代のわたしが残された録音で聴くときも、クエノーのような大歌手が歌ったものから始まり、その時点ではオペラで活躍するような歌手が手慰みに歌ったように聴こえ(すいません、実際にはもっと民族的伝統を大切にしていると思いますが)、レーヌがその録音時点で考えうる復興されたバロックの歌唱法を駆使して歌えば、それこそが素晴らしいと思い、ブーレイのような音楽家は少しその両方から距離を置きつつ、彼女の培ってきたクープランやフランスクラヴサンの伝統の系譜の中から可能性を引き出し、なんと多様なと驚かされ----そうして少しずつラテン語の発音が違うことも聴きとれるようになったころ、フランスバロックの様々な場面の音楽をライブを含めて大変な数と規模の経験をしてきたクリスティの満を持したような演奏に触れて、サロン的で小劇場的で、ああこれこそがクープランの本質なのかもと感激し。
そして、クエノー、レーヌ、ブーレイ、クリスティと聴くだけで、これって同じ楽譜なの?と。この同じ楽譜なのに、楽譜の表し方、記録の仕方がより多様性を認容するものということがわかってきて。それでも装飾記号などの使用がいよいよ限界に近づいて。実はベルサイユの庭園のように、観る場所高さ角度によって万華鏡のように姿がかわる景観のような楽譜と音楽に驚かされます。
それらの世界全体が体験可能なようになって、単に歴史の時間軸だけでなく、わたしはランベール、シャルパンティエ、ドラランドの音楽と出会えました。
子供から、どんな曲が一番気に入っているのか?と聞かれて。わが子が理解したかどうか----それは、また別の話です。


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