笑うバロック展(9) 録音史の楽しみ、ペルゴレージ「スターバトマーテル」

「スターバトマーテル」という歌詞と形式の出会いは、黒澤明の「8月のラプソディ」で使用されたビバルディのもの。ジェームス・ボウマンとホグウッドの録音、その曲の幸運な第一印象。以来ビバルディそのものの印象も変わりました。
それと比較されたり組み合わせられたり、引っ張りだこなのがペルゴレージの「スターバトマーテル」。
このふたりはすいぶん「違い」ます。

アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ(1678-1741)は、ヴェネツィア出身のバロック後期の作曲家、ヴァイオリニスト。カトリック教会の司祭。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710- 1736)は、イタリアのナポリ楽派オペラ作曲家。モーツァルトやロッシーニらに続くオペラ・ブッファの基礎を築き、甘美な旋律にあふれたオペラを作曲した。短い生涯であったのにも拘らず、古典派音楽の様式を最も早く示した人物として音楽史に名を遺している。

もともと古典派のオペラ要素を踏まえたアプローチがずっと存在していたことがわかりました。
1980年代に入るとオリジナルにこだわる古楽アプローチが増え続けます。現在も古楽系が多いと思いますが、従来のオペラティックな演奏も維持されています。
1990年後半、バッハ編曲版が整備されてそうしたアプローチがでてきます。(ストラビンスキーの「プルチネラ」のアイデアもペルゴレージでした、玄人を刺激する才人だったのでしょう)
ビバルディの「四季」にあたるのが、ペルゴレージでは「スターバトマーテル」です。
さてこの録音史どこまで遡れるものか。
基本の編成は[ソプラノ、アルト、ヴァイオリン I・II、ヴィオラ、通奏低音(チェロ、コントラバス、オルガン)]。
没年1736年の作曲とされています。「----ナポリの貴族たちの集まりである「悲しみの聖母騎士団」と呼ばれている宗教団体によって委属された作品でした。この宗教団体では、毎年春の聖金曜日に、アレッサンドロ・スカルラッティが書いた「スターバト・マーテル」を演奏していましたが、それに代わるものとしてペルゴレージの新しい曲の製作を依頼したと考えられています。少なくとも、ペルゴレージの曲はスカルラッティの「スターバト・マーテル」と同じ編成をとっているので、ペルゴレージ自身がスカルラッティの作品を意識して作曲したということは、間違いないところだと思われます。もとの詩は、3行を1節として全20節から構成されていますが、ペルゴレージはそれを12の部分に分けて作曲。ソプラノ独唱、アルト独唱、ソプラノとアルトの二重唱を巧みに配置、変化に富んだ構成を取っています。全体的に小編成をとりながら、緊張感がひしひしと伝わってくるような見事な作品に仕上がっています。 ペルゴレージの死後、にわかに人気を集めたこの曲について、当時の音楽界の権威者であったマルティーニ神父がまるでオペラ・ブッファのようだ、と批判したという話が伝っています。 当時のイタリアの宗教音楽のほとんどが、四旬節などにオペラの代用品として演奏されたことを考えれば、当時の宗教音楽が等しく共有していた特色であるとも言うことができるでしょう----」
以下は代表的な録音(前述の基本編成もの)リストです。youtubeで比較聴取がかなりできます。アバドが3度の録音を残しています。
アルト側のレパートリと考えての録音も結構あります。
実は、ビバルディの「スターバトマーテル」は相性が合ったのですが、ペルゴレージのは今一つシックリと聴けるものがありませんでした。コンチェルトヴォカーレ盤に違和感を覚えたのが始まり。クレマンシック盤もガイド本などで騒ぐのが今一つ理解できませんでした。バッハ編曲版も食指が動きませんでした。

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1964 ジュディス・ラスキン(Sp)モーリン・レハーン(A) カラッチオーロ(cond)ナポリ・ロッシーニ管
1968 グンドラ・ヤノヴィッツ(Sp)マウレン・フォレスター(MS)アバド(cond)ベルリンフィル
1972 [アルヒーフ]ミレッラ・フレーニ(Sp)テレサ・ベルガンサ(A)グラチス(cond)ナポリ・スカルラッティ管弦楽団員
1978 ①イレアナ・コトルバス(Sp)ルチア・バレンティーニ・テラーニ(Contralto)シモーネ(cond)イ・ソリスティ・ヴェネティ ②マーガレット・マーシャル(Sp)アルフレダ・ホジソン(A)ケール(cond)マインツ室内オケ
1983 セバスチャン・ヘニッヒ(Boy-Sp)ルネ・ヤコブス(CT)コンチェルトボカーレ
1985 マーガレット・マーシャル(Sp)ルチア・バレンティーニ・テラーニ(Contralto)アバド(cond)ロンドン交響楽団
1986 ミーケ・ファン・デル・スルイス(Sp)ジェラール・レーヌ(CT)クレマンシック(cond)クレマンシックコンソート
1988 エマ・カークビー(Sp)ジェイムズ・ボウマン(CT)ホグウッド(cond)エンシェント室内管 
1992 ①バーバラ・ボニー(Sp)アンドレアス・ショル(CT)ルセ(cond)レ・タラン・リリク ②エリーザベト・ノルベルク=シュルツ(Sp)ナタリー・シュトゥッツマン(A)グッドマン(cond)ザ・ハノーヴァー・バンド
1993 ①ジェーン・アンダーソン(Sp)チェチリア・バルトリ(MS)デュトワ(cond)指揮シンフォニア・ド・モントリオール ②エヴァ・メイ(Sp)マリアナ・リポヴシェク(A)アーノンクール(cond)ウイーン・コンツェントスムジクス
1996 バルバラ・フリットーリ(Sp)アンナ・カテリナ・アントナッツィ(A)ムーティ(cond)スカラ・フィル
2003 ヨルク・ヴァシンスキ(Male-Sp)マイケル・チャンス(CT)ブリュール(cond)ケルン室内
2007 [アルヒーフ]ラヘル・ハルニッシュ(Sp)サラ・ミンガルド(A)アバド(cond)モーツァルト管
2010 [生誕300年]アンナ・ネトレプコ(Sp)マリアンナ・ピッツォラート(Contralto)パッパーノ(cond)ローマ聖チェチーリア音楽院管
2013 ユリア・レージネヴァ(Sp)フィリップ・ジャルスキー(CT)ファゾリス(cond)イ・バロキスティ
2016 ソーニャ・ヨンチェヴァ(Sp)カリーヌ・デエー(Contralto)アンサンブル・アマリリス

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下記にこの名曲のかなり詳しいリンク。奇特なそしてお詳しい方です。
こうしたサイトを覗くたび、わたしは自分がそうなのでコレクターの自慢には寛容です、ただ「音楽史」でなく「録音史」をきちっと検討している人は少ないみたいに思います。以前、渡辺裕氏がベートーベンのピアノソナタの演奏史に関して大部の著作を著わしましたが、「聴衆の誕生」で文化史的に挙げた成果には遠く、やはり違和感が残りました。レコード批評と違う、演奏や録音の文化史を書けそうな人と思いますが。
とりあえず、岡田暁生先生が「西洋音楽史 「クラシック」の黄昏(中公新書、2005年)」「音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉(中公新書、2009年)」で基礎概念みたいなものを書いてくれたので、語る言葉は何とかなりました。並行してネットの発展で、音楽が無償化し閲覧参照がしやすくなり、演奏録音史を趣味語り、しやすくなったのではないかしら。
上のリスト作りもネット様様です。20年前は電話帳のようなカタログ本をひかなければなりませんでした。年次の演奏家別総目録や輸入盤専門のレーベル別カタログがありました。それをひいてメモしたり、ラインを引いたりして、探したり注文したり。


ペルゴレージの「スターバト・マーテル」をオリジナル編成で聴く 

バッハによるペルゴレージの「スタバート・マーテル」の編曲を聴く


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