ルソン・ド・テネブルについて復習


ルソン・ド・テネブルは、英語だとレッスン・オブ・ダークネスみたいになります。日本語では「暗闇の朗誦」あたり。
聖書の「エレミアの哀歌」を歌詞とするフランス・バロックの宗教声楽曲。
独唱と通奏低音というシンプルな編成から、合唱と管弦楽によるものまで多彩。
バロック音楽の中でも重要なレパートリですが、レパートリにしている演奏家は限られています。
歌詞と音楽の関連性が濃く、教会の「祈り」や聖書の朗読、「語り」の言葉が、「唱え」られ「装飾」され、「歌」になりました。
声楽の作曲比率が多いバロック音楽の作品中でも、同じ歌詞で、しかも聖歌として朗読の調子や抑揚がほぼ決まっている歌詞に、複数の作曲家が付曲したため、成立、変遷の過程が辿りやすい。
ミサ曲と似ているところがありますが、ミサのラテン語典礼文の場合、例えばグロリアだけとってみても、全編独唱でとおす曲はたしかないはず。独唱モテットというのはジャンルがあり、フランスでは「プチモテ」と。ルソンもおおよそはこの辺りに属すると考えられます。
ブイスーの252のキーワードでは、時代区分は1660年から1735年間にフランスで発展と。イタリアのモノディの影響を受けた「朗唱法」と、フランスの宮廷歌謡エールドクールのドゥーブル・テクニック起源のメリスマ表現が交替する様式の発展形。フランスの当時の「プラン・シャン」の定旋律に基づいて作曲されています。この「プラン・シャン」はニヴェールの「ラメント集(1689)」のこと。
規模は、ジル(1692)が大きく、シャルパンティエにも近い規模あり。ミシェル、シャルパンティエが小編成の器楽を伴う規模。あとは、独唱か2声をシンプルな通奏低音が支える曲が一般的。

フランスのバロック期のルソンは下記の作曲家によって歌い継がれました。現在のところブジニャック以外は録音があり、聴取可能です。

ブジニャック Guillaume Bouzignac(1587–1643)?

ランベール Michel Lambert(1610-1696) 第1集1662-1663年、第2集1689年。独唱と通奏低音。各9曲セット。リュリの義父。自身は歌手で特に「エール・ド・クール(宮廷の歌謡)」が作曲の中心。美しいフランス語による歌の確立の一翼担い。こうしたことからフランスではバロック音楽が「古典音楽」と意識されます。

シャルパンティエ Marc-Antoine Charpentier(1643–1704) 第1群1670-1673年。第2群1687-1693年。様々な編成。50から60曲残す。リュリが意識した最大のライバル。リュリは「トルコ人の儀式のための行進」が耳に残る劇場の分野を確立したけれどルソンは書かず。シャルパンティエは「真夜中のミサ」や「ルシッドのスタンス」でフランス人の耳を刺激。

ニヴェール Guillaume-Gabriel Nivers(1632-1714) 1689年「ラメント集」プランシャン装飾による。単声かフォーブルドン。ラテン語の単旋律聖歌を「フランス化」「改装」する試みとでも。ニヴェールの解読と解釈によって、20世紀後半のルソンの再現歌唱が変遷することに。

ジル Jean Gilles(1668–1705) 1692年。独唱、合唱とオーケストラ。

グフェ Jean-Baptiste Gouffet(1669–1729) 1705年。独唱と通奏低音。

ドラランド Michel-Richard de Lalande(1657–1726) 1712作曲1730出版。独唱と通奏低音。「王宮のサンフォニー」といういわばベルサイユの軍楽隊のファンファーレ集が有名。王室礼拝堂の楽長として規模の大きな宗教曲もある。クープランと並ぶ一度聴いたら忘れがたい名ルソン。

クープラン François Couperin(1668-1733) 1713-1715。独唱または二重唱と通奏低音。「聖水曜日」のみ3曲。独奏器楽のクラブサン作曲の比率が圧倒的に多い中で希少な声楽作品の中でさらに光る作品。

ブロサール Sébastien de Brossard(1655–1730) 1713-1721年。独唱と通奏低音。

ベルニエ Nicolas Bernier(1664–1734) 1725年?独唱と通奏低音。いくつかのカンタータ集があり、中に「ル・カフェ」というコーヒーカンタータが存在する。

ミシェル Joseph Michel(1688-1736) 1735年。独唱と様々な器楽編成。

コレット Michel Corrette(1707-1795) 1784年。独唱と通奏低音。オルガン曲が知られるが「コミック協奏曲」という「ミュゼット・ド・クール」や「ハーディガーディ」使用の協奏曲あり。

以前にも記したけれど、ドラランドという銘柄のワインがあります。この作曲家群を見ると、さながら銘醸ワイン畑のようです。そして独唱という小さな編成ゆえか、レコード録音初期からクープランなどは記録が残されます。畑によってはビンテージ違いも楽しめます。
広げるとバロック期だけでも、ナポリ楽派は十分一群を成しますし、ゼレンカを代表とするドイツ、ボヘミアにいたる中欧圏のバロックも同様。ますますワインのようです。ワインはキリストの血に喩えられますから、ルソンを含む「哀歌」への付曲も、聖書の歌詞をブドウとした多様なキリストの血の醸造と想像してもよいかもしれません。
もっとも音楽を聴くだけなら、ワインを飲むような出費はありません。貧乏人にはちょうど好いかも。


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