笑うバロック展(334) クラシックCD評の今昔

ホンの20年前は大方色物扱いでしたが、今やほとんど主流の様子。「杯を交わしながら----誰にでも楽しめる」なんていうのは、パニアグアとかクレメンチチとか、それこそ小保方か佐村河内のような扱いでした。「説得力があれば、それがオーセンティシィだ」----ずいぶん変わりましたな。
聴く側に、リテラシーが求められる時代、かしら。
正直食指が動かないのです、なぜでしょう。まあ、お金がないからなんですが。
「風林火山」は、やはり西洋のクラシックの評価としては際物を表すものだと思います。第一アマチュア臭過ぎる表現。20年前なら緩急は、サンジョルジュのフェンシングやフィリドールのチェスに例えたでしょう。「こなし」「熟し」も弓を変えれば後はついてくる的、その意味ではプリュッヘンが主張していた通りになりました。ある想定されたソリストで、数十回単位で演奏経験のあるベテランなら、後ろで18世紀オケが古楽奏法していれば、それに合わせてベートーベンを弾けるはず、と。プリュッヘンはその協力してくれるソリストを探すことが苦労でした。
「キアロスクーロ」の「AIハイドン」ですって。古楽演奏家はテクニックや音程が甘いといわれていました。
ピアノはマテリアルの支配が強いので、演奏可能なよく調整された楽器があれば、つぎつぎと。もはや音楽のフィギュアがどうのと話題になることはありません。むしろ現存するピアノの証拠能力の高さから、それに規定された演奏が増えているのかもしれません。インマゼールやキプニス、コウリたちが楽器を選び、曲とメソードを吟味し聴く人をハッとさせる音を出した時代は遠くなりました。
ガンバのことも、そう。平尾は良い師を持った弟子だと思います。「木に聖像を彫るように真摯に」という演奏家だと思います。ただレパートリに限界を感じます。ガンバの全貌を表現できないのでは、と。アルカイのやっているようなことを含めて、カバーしてほしい。そもそもマレ録音も師匠譲りに5巻で打ち止めにせず、アイデア豊かなアンソロジーを続けてほしい。アルカイのやっていることを「木に聖像を彫るように真摯に」行っているのはきっと、ヒレ・パールのバッハのトリオソナタ集やテレマンのビオラ協奏曲あたりではないか、と。まだまだ未開拓でやるべきことがあるはずなのに、そもそも奇を衒ったことなのかどうか、判断できていない、ような気がします。いろいろな演奏の寄せ集めでもいい、マレは全曲音源が集まったのかしら?あえて希望をいうなら、平尾さんにはガンバのオブリガード付きのカンタータ集とか期待してもだめですかねえ。ふとレーヌのシャルパンティエのルソンH95を思い出しました。高音楽器にディスカントビオールを使用していました。当時「ハッ」としたものです。

朝日新聞の「for your collectionクラシック音楽」2017年2月13日夕刊
○は推薦盤
○スパニッシュ・プログレッシヴ・バロック メディオ・レジストロ(299MUSIC)16世紀スペインの多彩な曲目を実にのびのびと、即興的に。バロックというよりはロックに近いリズムの面白さ。杯を交わしながら歌っているような旋律のやり取り。誰にでも楽しめる古楽。(金)
○モーツァルト:バイオリン協奏曲全集 ファウスト(ハルモニア・ムンディ) バイオリン演奏の風林火山だ。風のように軽いアレグロ、林のような隙間になごむアンダンテ。「トルコ風」では火の如(ごと)く、アダージョは山の如し。ガット弦と古楽奏法をこなしきり熟しきる。脱帽。(片)
○N響創立90周年シリーズ/山本直純(キングインター) ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」は音楽だけなら15分だが、当盤は50分。35分も直純がしゃべる! それが話芸の域。そしてガーシュウィンやバーンスタインの躍動! 歴史的音源を集成。才人、ここにあり。(片)
○ハイドン:《太陽四重奏曲》第1〜3番 キアロスクーロ四重奏団(BIS) 若き名手イブラギモヴァと仲間たちが、ハイドン壮年期の意欲作に挑む。聴き手を翻弄(ほんろう)する仕掛けの数々が、四つの弦楽器の精細を極めた対話によって明らかに。まさにAI時代のハイドン演奏。(矢)
◆グリーグ:ピアノ協奏曲ほか ズーエフ、モンゴメリー&18世紀オーケストラ(NIFC NIFCCD106) 聴き慣れた有名曲が、歴史的ピアノと古楽器楽団によって新たに輝く。北欧の凍(い)てつく大気と春の陽光、緑豊かな自然、民族色豊かな踊りが、目の前を次々横切ってゆく。(矢)
○シューベルト:ピアノ三重奏曲集 シュタイアー(ハルモニア・ムンディ) 時代を画する演奏とは、まさにここに聴くシューベルトのことだと言いたくなる。共演の2人も実に素晴らしい。ことにチェロのディールティエンスによる、コントラバスやビオラを思わせる深みは格別。(諸)
○スメタナ:弦楽四重奏曲第1、2番 パヴェル・ハース四重奏団(スプラフォン) 嵐から沈黙へ、ため息から歓喜へ。対極的な表情への変化がすさまじい。ドイツ・ロマン派とは別次元の、スメタナという作曲家の強烈な個性をとらえた鬼気迫る快演。圧倒され、時を忘れる。(金)
■いま再び花開くヴィオラ・ダ・ガンバ
先月の当欄で平尾雅子の「クープラン:ヴィオルのための音楽」(ALM)が推薦盤になった。近年、平尾はじめ福沢宏、酒井淳、市瀬礼子ら日本人ヴィオラ・ダ・ガンバの名手たちの優れた録音が次々出る。今度は品川聖の「人間の声」(アントレ)が登場。マレやドゥ・マシなどフランス古典の楽曲を、無伴奏で、木に聖像を彫るように真摯(しんし)に奏でる。
一方、スペインから型破りな盤が出た。ファミ・アルカイの「ザ・バッハ・アルバム」(GLOSSA GCD P33205)。バッハの無伴奏バイオリン、チェロ、フルートのための作品(「シャコンヌ」も!)を、ガンバ用に編曲し演奏。豊かな倍音の響きが隠れたポリフォニーを浮き上がらせる一方、切れのいい弓さばきと多彩な音色を駆使した名人芸は鮮烈の一言。アルカイはジミ・ヘンドリックスらのロック・ナンバーも弾く。変化球? いや、一度は滅んだこの弦楽器、ジャンルや境界を超えた音楽と自然になじむ現代的な可能性を秘めていたのだ。巨匠ジョルディ・サヴァールが既に、アイルランドから中東、アフリカ、アジアまで、世界の民族音楽にガンバで越境していた。欧州から離れた日本からも優れた奏者が輩出するのは、理の必然なのかもしれない。ちなみに今月推薦盤のメディオ・レジストロの録音には、2015年に逝去したガンバ奏者、中野哲也が参加したトラックが含まれている。(矢)

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